15


一旦部屋に戻り、ドレスコードに着替えた火神が向かったのはカジノだった。廊下との間に在る扉を開いた瞬間、火神はラスベガスに自分がいるのかと錯覚してしまった。それほどまでに、カジノ内は豪華で、とても船上とは思えない程に本物じみている。着飾った男女達がスロットにルーレット、カード様々に身を投じていた。暫く彷徨いた火神はその中のテーブルの一つに目を止めた。人だかりができているそのテーブルからは時折「おお」だの「ああ」だの歓声があがっている。何か高レートな賭けをしている人がいるのだろうか。気になり、人混みを掻き分けてみるとテーブルについていたのはチャイナドレスの麗人、青峰だった。その側には今吉の姿もある。青峰はディーラーに向けていた目をふと此方に向けると、にやりと笑った。

「火神クンじゃねえか、一人か?寂しいヤツだな」
「…」
「まあ、私のゲームみていけよ、…ディーラー」

青峰は視線を正面のディーラーに向けた。桃色のチップー此処のカジノのレートはわからないが最高額の5000だーをテーブルに滑らした。ディーラーは心得た様に慇懃に一礼してからカードを切り、二枚配る。どうやらブラックジャックをしていたようだ。ブラックジャックは基本ディーラーと一対一で行う。

「彼女、強いんですか」
「ああ、勿論さ。あのアジアンビューティー、強すぎるよ。今のところ、負けなしだ」
「へえ、」

成程、彼女のチップ置き場には山とチップがつまれていた。ディーラーの、表向きにされたカードはハートのクイーン。これは中々に手強い。対して青峰はカードを二枚手元に寄せると、背後で彼女を囲む人達に見えぬ様少しカードを捲り、にやり、と唇の端を歪めた。余程良いカードであったのだろうか、負ける気など無いような自信に満ちた笑みだった。青峰は掌をテーブルに向け水平に降る、スタンドの仕草だ。つまり、これ以上カードを引かず、配られた二枚で勝負する。ディーラーが、二枚目の札を捲った。ダイヤのクイーン、周囲がざわつく。これでディーラーのカードは20。此に勝つには最高数である21を出すしかない。しかし、青峰は笑顔を崩すことはしなかった。

「私の勝ちだな」

捲られたカードは、スペードのクイーンと、スペードのエース。

「ブラックジャック!!」
「ナチュラル21だ!!」

誰かが叫んだ。それにつられて、また誰かが叫ぶ。ナチュラル21は最初に配られたカードを二枚のみでブラックジャックが成立する、恐ろしく確率の低い手だった。じゃらじゃらと青峰の方へ押しやられたチップの山に、火神はちらり、とだけ目をやった。最高額の桃色ばかり。あの山一つで幾らくらいになるのだろうか、火神には想像もつかない。

「なーに考えてんだよ、火神クン」
「っ青峰さん!?」

気が付けばチップをそのままに席をたった青峰が横にいた。しかも勝手に腕までとられていて、豊満な胸が押し付けられる様にあたっていた。

「良いんですか、あのチップの山」
「いいんだよ。なあ、今吉さん、それ全部やるよ。私火神クンと遊んで帰るから」

見れば今吉が心得た様にスタッフに指示をしてチップをケースにしまって貰っていた。恐らくストックしてまた遊びにくるか、現金にしてしまうのだろう。若しくは今から遊ぶのかもしれない。火神の見ている前で金髪の美女を連れて今吉はその侭いなくなってしまった。

「今吉さん、行ってしまいましたよ。恋人じゃあ、ないんですか?」
「言ったろ?私は火神クンと遊ぶって。それに今吉サンは私の恋人なんかじゃねーよ、」

あっちは私の事好きだけどな。唇の端を歪めた青峰に火神はため息をつきたくなった。青峰は火神の腕をつかみ、己の腕を絡めて火神を引いてテーブルとテーブルの間を歩いた。面白そうなテーブルがあれば、乱入して、勝ちをかっさらってゆく。青峰はどんなゲームにも強かった。



「なあ、火神、お前のそのカクテル、皮肉かよ」

カジノ内にあるバーに椅子はなく、広いカウンターに持たれる様にして青峰と火神はカクテルを飲んでいた。青峰の手に握られたグラスに注がれていたのは、真っ青な液体。生憎と名前は聞きそびれてしまったが。対して火神のグラスに注がれていたのは琥珀色の液体。ウイスキーをベースにしたカクテル、ゴッドファーザー。青峰の群青の瞳がニヤニヤと弧を描いている。さんざん青峰にカジノ内をつれ回されて、彼女に対して火神は最早丁寧な言葉遣いで対応する事を諦めていた。

「あん?なんの話だよ」
「だから、それ、そのカクテルだよ。ゴッドファーザー」
「俺が、ゴッドファーザー飲んでて何か可笑しな事でもあんのかよ、あの映画ー小説は男の憧れだぜ」
「へえ、それは警察様でも同じなのか」

危うくグラスを落としそうになった。今、こいつは、青峰は、なんと言った。

「かは、中々に良い表情すんじゃねえか。心底驚いた、って顔。なあ、火神クン。私が知らないとでも思っていたか?残念だったな、私は知っていたぜ、お前がICPOの新人クンだってこと」
「ちょっと、来いよ、青峰」
「何だよ、火神クン。心配しなくても私と今吉さんくらいしか知らねえと思うぜ」
「いいから、来いよ」

ぐい、と青峰の腕を強引に引いた。その侭壁の際まで連れてゆく。背後でがしゃん、とグラスの落ちた音が聞こえたが気にしないことにした。壁に青峰を押し付けて、火神がその上に覆い被さる様に位置取った。此で、端から見ればいちゃつくカップルにしか見えない。

「おいおい、強引だな」
「煩い。なんで俺の事を知っている」
「レディに対する扱いがなってねえな…偶々だよ、偶々。アドラー号に乗る前に誠凛に新人が来るって聞いてただけだよ。私だってまさか船上で鉢合わせだなんて思ってもみなかったぜ…だがまあ、さっきも言ったが安心しろよ。この事は私達しか知らねえよ」

桐皇には恐ろしい情報通がいるらしい。だが、陽泉や取引相手にバレてはいない様で安心した。もし、知られていたらと思うと背筋を冷たいものが這う。尤も青峰の言を信じれば、の話だが。

「ICPOの刑事が休暇、な訳ねえよなあ。なあ、火神クン、航海中私と遊んでくれるってんなら、お仕事手伝ってやっても良いぜ」
「何を言ってやがる、マフィアのボスなんかあてに出来るかよ」
「ひでえな、手伝ってやるってのに。私もさ、遊びに来てんだよ。なのに赤司だの紫原だの黄瀬だの緑間だの、キナ臭くてしょーがねえよ」
「青峰、お前あいつらと知り合いなのか」
「まあ、それなりにはな」

青峰の言っている事は本当だろうか。彼女は単に遊びに来ただけなのだろうか、自分の事を知っていたのも偶々か。しかし、火神に残された期間は短い。此処は青峰を信じてみるのも手かもしれない。勿論完全に信じきるのではなく、監視の意味もこめて、だが。それは青峰もわかっているだろう。青峰がにやり、と笑う。

「で、決心はついたか、火神クン?」

応、とばかりに火神は頷いた。青峰は満足した様に或いは、遊びに目を輝かせる子のように、目を細めた。


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