14

レストランの入り口から黄瀬と笠松が完全に出て行ったのを見送って、火神は次にどうしようかを考えていた。出来ればロイヤルスイートの誰かに会って、捜査を進めたい。実際に話してみてでしかわからない事もあるのだ、先程の黄瀬と笠松みたいに。火神の中では先程の黄瀬と笠松は白に近かった。どちらも腹に一物抱えているのは確かだったが、アドラー号には偶然乗船した様に思えた。第一に黄瀬が「笠松さんは、代理ッス」と言っていた。黄瀬が一緒に豪華客船に乗る様な相手といえば一人しかいない、海常のボス武内だ。もし、海常が陽泉と「モンシェリー」を取引するというのなら、そんな大事な場を愛人に過ぎない黄瀬とボディーガードの笠松に任せる筈がない。火神はそう結論付けた。と、なると怪しいのは依然として青峰と赤司。けれど緑間と高尾も白だと確証がある訳ではない。あの二人とも話てみたい、と火神は思った。その時火神へとボーイが近づいた。始め食事が終わったのに中々席をたたない火神に出ていけと催促をするのかと思ったが、ボーイは火神に珈琲のおかわりを聞いただけだった。応、と答えた火神にボーイは珈琲を注ぐと、その猫目を一瞬だけ細めて、素早く一枚の紙ナプキンをテーブルにおいた。火神はその紙を捲る。「緑間はミュシャ展に」飾り気のない文字で簡潔に書かれた文に火神はちらり、と先程のボーイをみる。ボーイは既に火神の事など忘れて次のテーブルへと回っていた。流石だな、と火神は思う、彼ー小金井はチーム誠凛の一員だった。火神は受け取った紙ナプキンを胸にしまうと、ミュシャ展へ向けて席を立った。

ミュシャ展はエンターテイメントフロアの更に上、八階にあった。ミュシャの様々な絵がこのアドラー号の為に世界から集められたのだと言う。正に海上の宮殿だな、と火神はおもう。入り口には警備員が数人立っていたが、火神が想像していたより来場客は少ない様だった。航海二日目、船上の様々な催し物を楽しむよりも乗客はプールや景色を楽しむのに忙しいのだろう。こちらにちらりと視線を寄越すだけで退屈そうに突っ立ったままの警備員の横を通り抜けて中にはいる。中はほんのりと薄暗く、美術館特有の沈黙が漂っていた。火神は絵を観賞する振りをして、注意深く辺りを見回す。すると少し先に緑髪が見えた。探す相手が長身だと助かる。火神は何気ない風を装って、緑間と高尾に近づいた。

「あれ、火神さんじゃん」
「こんにちは、高尾さん」

背を向けていたはずの高尾が先に此方に気付いた事に火神は驚く。背中に目でもついているのか。

「ほら、真ちゃん、挨拶くらいしなって」
「静かにするのだよ」

高尾が緑間の袖を引き、此方に振り向かせる。観賞を邪魔された緑間は若干不機嫌そうではあったが御座なりにも挨拶を返してきた。それから暫く緑間のペースに付き合って絵を見た。正直言って火神には絵画の事はよくわからない。上手いなー、下手だなー、と思う事はあってもその背景や意図を考える気にはならない。が緑間は違う様だった。一つ一つじっくり眺めては、横にある注釈を読んでいる。高尾の方は絵を眺めてはいるものの、そこまでまじまじと観賞している訳ではなく、どちらかといえば火神に近いタイプの様だった。絵の世界に入り込んでしまった緑間を放っておいて高尾に話かける。

「お二人はなんでアドラー号に?」
「ちょっとお仕事で、チケット譲って貰っちゃってね。折角だから、真ちゃんと楽しもうと思って」
「それは豪気な依頼主さんですね。高尾さんは緑間さんと親しいんですか?」
「まあ、真ちゃんとは一緒に住んでるからね、もう朝から晩までラブラブ!そう言う火神さんは何でまた一人で。彼女と来る予定が失恋して駄目になったとか?」
「はは、本当は父と来る予定だったんですが急用で…」

曖昧に言葉を濁しながらいえば、高尾はそれ以上追及して来なかった。火神は高尾と無難な会話を続けつつ、内心で思考を繰り広げる。高尾の職、というか生業は贋作師だという。だから、火神は彼等の乗船券は贋作なのだろうと考えた。と、すれば彼等二人が取引相手である可能性は低い。得てして大事な事を行う時、人は煩いを減らしたがる。その方が安全だからだ。小さな犯罪をちまちま起こして、大事の前に捕まるのはチンピラの為す事。陽泉は、そんな輩とは取引をしない。恐らく、高尾と緑間は、白だ。

じっくりと観賞をしていた緑間に合わせて、高尾と火神は歩いた。ミュシャ展を出たとき、気づいたら時計は5時半を過ぎていた。あまり長い間いた覚えは無かったのだが、高尾と喋っていた時間はあっと言う間だった。きっと彼は喋るのが上手いのだろう。火神は退屈を感じてはいなかった。

「じゃあこれで、またね、火神さん」
「ええ、また」

緑間は相変わらず無愛想に黙った侭だったが、高尾は人懐っこい笑顔で火神に別れを告げた。二人と別れた火神はすることもなく、適当に船内を彷徨く事にした。

[ 63/70 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -