暮れなずむうみ/黄青

男の、夜明けを写し取った様な美しい瞳から、止めどなく小さな海が零れ落ちる。ぼろぼろと際限なく溢れる雫に悲しいの、と問えば男は違う、と頭を振った。

「悲しいわけじゃあ、ないんだ。ただ、ただ、涙が止まらない」

顔を覆った男の、美しくボールに触れるその掌から、涙はそれでもすり抜けて、地面に落ちて、じわり、と消えた。

「どうして、泣くの」

繰り返せば男も又、再び首を振った。緩慢なそれは、ひどく心に焼き付いて剥がれない。

「わからないんだ。何が辛いのか、何が、」

わからない、わからないと呟く男の頬を撫でる様に、顔を覆うその掌をなぞれば、あたたかくて、まるで、太陽だと思った。広く深く恐ろしい、真黒の海に沈む落日。強かに夜を連れてくる、あの時間が 、俺はどうしようもなく嫌いだった。違う、嫌いになりたかった。水平線に天日がそつ、と消える瞬間に背筋を駆け抜けるあの背徳感。地面の底から足の指を伝って、脳髄にまで這い上がるあの恍惚。いつかそれに呑まれて終うのではないかと思うと酷く恐ろしかった。大きく、強く、支配するものが、どうしようもない運命に襲われる、何とも言い難い、あれは、そう、正に、目前で泣く、男だった。




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