殺しの楽園/火青

翼の生えた青峰君と火神君



真白なシーツを一枚、素肌に巻き付けただけの格好で、後宮の中庭をゆるゆると歩き回る男は随分と寒そうに見えた。均整のとれた背から生える三対の翼はひたすらに真白く、宵闇の冷えた空気に溶けていく。男が一歩、大理石を踏む度に羽がその上をなぞった。昇ったばかりの望月は恐ろしい程に明るく、男とその影を照らし出す。人、には有り得ないその翼、その異形。けれど男はひたすらに美しく、夜陰に揺れる姿は一種、天使の様だった。男は終わりを待っている。静かに、繰り返される不毛な争いに目を瞑り、その羽を赤く染め乍も、男はただ終焉を待っていた。それは、彼自身の、つまり死という名であるのかも知れないし、世界の終わりかも知れない。自ら其処に近付く事も、自らの手で産み出す事も、決してしなかったけれど、男は確かに終わりを待っていた。(もしそれがもたらされた時、俺はお前の姿を見ることが叶うだろうか)小さく、息を吐くように笑えば、それを聞き咎めたか、男は不意に此方を振り返った。 それまで虚ろに空をさ迷っていた青の視線が、真直ぐに此方を
射抜く。数多幾多の命を奪ってなお、男の青は揺らぐ事も、濁る事もない。水晶のように透き通り、そして感情の一切を写さない瞳は、全てが此方を咎めているようで酷く居心地が悪かった。だけど、それでも、男の青に己の赤が光ることが堪らなく嬉しい。柔らかい夜の風が男の短い髪を拐い、真白のシーツを揺らす。

「遠くへ行こう、青峰」

「何処に、」

「何処でも。遠ければ遠いだけ。そうだな、世界の果て、とかどうだ?」

青い水晶がきらり、と暖かな光を帯びる。この世全てを背負うかの様な望月を従えて、ふ、と唇の隙間から吐息を漏らすように男が笑った。


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