車椅子峰

車椅子峰。




硝子の向こう、突き抜ける様な青空が煌めく。真白なカーテンを柔らかく揺らす風も陽光も、全てが男を包み込んでいた。太陽を背にした男は酷く眩しい。くらりくらり、心を蝕んでいくかのようなそれに、目を細めれば、狭めた視界の端で、無機質な銀色がきらり、と瞬いた。ああ、あれは。

「さようならだ、火神」

見ている此方が死にたくなるような、それでいて陰りなど欠片もない笑顔で男はそう言った。それは嘗て天日と光とうたわれた男の顔にはほど遠く、視界に薄い水の膜が張る。どうして、と叫びたかった。叫んで、男の胸ぐらをつかんで、気のすむまで、男の気が変わるまで問い詰めたかった。けれどもう、それは叶わない。ふらり、と見えない糸に導かれるまま、足を踏み出そうとした、その刹那。男の長く大きい指先が、車輪を回す音がした。ぎい、ぎい、と微かな軋みをあげて、男が近付いて来る。

「あお、みね」

男の腕が此方へ延ばされる。嘗ては、男の方が幾ばくか高かったというのに、今ではその差もどうしようもない程に覆されて。誘われる侭、膝を折れば、男は俺の頬に手を触れた。その手付き有り得ないほどに優しくて、また涙が溢れそうになる。

「俺をおいていけよ、火神。待っててなんかやらないから、もう二度と帰ってくるな」

男は、一言、一言、まるで自分に言い聞かせる様に、強く唇を動かした。その瞳に宿る穏やかさにそうじゃない、と吠えたくなる喉を必死に押さえる。例えば、バスケ、食事、睡眠、そして青峰。俺の世界を構成するものは酷く少ない。そしてまた、執着するものも。だからこそ、俺は一度執着したものには貪欲。欲しいものを、望むものを手に入れる為なら、今さらどんな犠牲も厭わない。その中でも最上のものなら、特に。(なあ、青峰。お前は知らないんだろう、俺がどんなに焦がれていたのか)頬を這う男の手を、手首を掴んだ。驚愕に見開かれる青の瞳。抵抗も罵倒も、全て纏めて、その侭粗雑に男を抱き締めた。

「テメェの分まで、俺が跳ぶから、大人しく背負われてろよ」


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