三千と一の朝/火青

音の無い朝だった。見下ろした先の庭は、夜のうちにふり積もった雪で、真白く、平らで、全てがこれに呑まれて仕舞ったのだと理解する。惹かれる様に、その上に裸のままの足をつければ、じん、と冷たい。「嗚呼、寒い」は、とはいた息は白く、見上げた空は何処までも澄んでゐる。視線をもどして、前を見れば丁度、謀った様に、椿の花の落ちるところだった。枝から離れた紅が、不安定に揺れることも無く、ただ真直ぐに、ぼとり、と雪に落ちる。首から切られた様に散るそのさまは、不吉で、だけれど、何処と無く美しい。それは恐らく、椿がどうしようもない程に潔いから。だから、万人がその高潔さに惹かれ乍も、自らは決していたれないというその事実に、恐怖するのだ。怖い、恐ろしい、けれど美しい。正に、それは。「おい」後ろから、低い男の声がした。全く意識の外からの音に弾かれる様に振り向けば、燃える焔のような男。嗚呼、男にはこの花は似合わない。男は、きっと、潔く死んでしまふ事を望まないに違いない。最期まで、例え醜いと笑われても、腕を掌を伸ばすのだ。
「何だよ、」唇の端を吊り上げて、お前も来るか、と笑ってやれば「寒ぃから、嫌だ」と返された。




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