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「―懐かしいなぁ」

ふふふ、と零れる笑みを堪えきれぬまま俺は呟く。

目の前に聳え立つは白亜の門。そこからまっすぐに続く小道の奥の奥には、遠近感が狂っているのではと錯覚するほど大きな西洋風の建物。
赤レンガ色の外装はノスタルジックなようでいて近代的だ。

門に金字で記された学園の名を、俺は晴れやかな気持ちで見つめた。この学園に編入できたことを誇る気持ちからではない。
ただただ望み続けた相手と再び顔を合わせることが出来る事実が俺の心を大変浮き立たせていた。

中学二年生の5月に父親のアメリカ転勤に伴う渡米を余儀なくされた俺。その間大事な大事な幼馴染みとはマメに連絡をとりあってはいたが、直接顔を合わせることは叶わなかった。
幼馴染みがいない日々はどれほど楽しいことがあっても精彩を欠く。会いたいなあとお互いに冗談ぽく、けれど紛れもない本心を電話越しに言い合っていた日々も終わりだ。


今日から、漸く俺は写真ではない彼方の顔を見ることが出来る。門を潜って、前もって指示されていたように寮を目指す。パンフレットにある地図では校舎の東に寮があるはずだ。


それにしても頑張ったし、長かった。

彼方から中三の終わりに全寮制の男子校に入学が決まったと聞き、その学園の特待生制度を利用することを思い付いてすぐ両親に話した。
特待生になれるならという条件付きで帰国を許された俺は学園の編入試験過去問題を取り寄せて猛勉強をした。

高1での編入は無理だと諦め、2年生前期に編入することを目標としたのだ。
言っておくが俺はたいそう頭が悪い。自覚のあるバカである。

アメリカに渡るまで英語はローマ字読み、カタカナ発音だったし、母国語の語彙すら貧困だった。アメリカでは人見知りとは程遠い性格とボディランゲージ、徐々に身に付けていった英語でなんとかなった。
けれど偏差値の高い学園の特待生枠を射止め入学することが叶ったのはひとえに彼方への愛ゆえである、と言っておこう。

全寮制? もしや朝から晩まで彼方といることすら可能なのではないか? 全寮制万歳! 彼方愛してる!! がこの一年間の俺の原動力だった。

彼方への愛は勉強が大の苦手だった俺の成績を飛躍的に上昇させ、不可能をも可能にした。俺の彼方愛は誰にも負けねえな、と回想し一人うんうん、と頷く。


彼方には編入の話どころか今回の帰国についてすら知らせていない。俺からのビッグサプライズだ。
ぽかーんと整った顔を間抜けにする彼方がいとも容易く想像できてにやけてしまう。


「―楽しそうだね、なにかいいことがあったのかな」

すでに辿り着いていた寮監室で、つらつらと注意事項や規則について話していた寮監さんがふと話をやめて、優しく俺に笑いかけた。どうやら初対面の人からみても分かってしまうほど俺はうきうきそわそわわくわくしていたようだ。

「はい! 幼馴染みがここにいて、軽く3年ぶりに会えるんです!」

身を乗り出して喜びの理由を訴えると、寮監さんはなるほどというように頷いた。浮かべている微笑はまるで保母さんのようだ。見た目は熊のようだけれど。

「それは良かったねえ。はは、君、書類の志望動機にもそう書いたでしょう。教職員のなかで話題になってたよ」
「あ、そうですね! 他にも学園の魅力についてとかかいたんすけど、話題になっちゃったかー!」

あはは、と笑う。それで合格にしてくれたのだから有り難い話だ。
寮監さんはにこにこしたまま資料をまとめて俺に手渡してくれた。どうやらお話は終わりのようで最後にカードキーの説明をうけて俺は席を立った。


「あ、ちなみにこれは俺の好奇心なんだけど」
「はい?」
ドアノブに手をかけ、すこし開いたところでそんなふうに声をかけられ、首だけ振り返る。

「その幼馴染みって誰なのかなあって」

そう言った彼に俺は満面の笑みを見せた。

「彼方です! 設楽彼方」

答えてドアを潜った俺が、そのあと寮監さんが「……え?」と固まっていたことなど知るはずもない。



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