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ロビーに出て、近くにあったソファーに腰を下ろす。柔らかすぎてひっくり返りそうになった。逆に座り心地が悪いのではないだろうか。俺の感覚が庶民すぎるだけ?
背もたれに寄りかかり、気を取り直してiPhoneをポケットから引っ張り出す。買い換えたばかりの最新式だ。

着信発信履歴どちらでも一番に上に表示される番号をタップして電話をかける。耳にあてたiPhoneからの呼び出し音を聞きながら俺は周囲に目を走らせた。
入り口から入ってきたり、エレベーターから降りてきたりする人は皆ちらりとこちらを見て不思議そうな顔をする。

たまに立ち止まってぽかんとしている人までいたりして、俺は何か突拍子もない格好をしているのではないかと不安になる。視線を落とし、シャツやデニムパンツを確認するけれど特に変わったところはないはずだ。


『もしもし? 遥?』

多分大きなキャリーバッグが傍らにあるから何事だと気になっているのだろうと検討をつけたところで呼び出し音が途切れた。
機械を通して聞こえる幼馴染みの優しい声に俺はへらりと頬を弛ませた。

「やほー、彼方。今平気か?」
『うん、全然平気。でもどうしたのこんな時間に。そっちはまだ早朝じゃない?』
「ふひひ。彼方さあ、部屋にいる?」
『ん? うん』

質問に応えずに笑う俺に対し、彼方が気分を悪くした様子は一切ない。俺はもう顔面の筋肉が言うことを聞かなくなって、人目があるにも関わらず盛大ににやついている。

「じゃあさーじゃあさーちょっと一階まで降りてみてよ」
『えーなになに』
「んんー秘密ー。ちょーういいことがあるかもね、とだけ言っておこう」
『なにそれ? 気になるんだけど』

くふっ、とくすぐったくなるような甘い笑い声を耳元で聞く。移動するのが聞こえて、すぐにがチャッとドアがあく音。

『今部屋を出ましたー』
「はーい。そのまま一階までレッツゴー」
『おっけー。何か分かんないけど遥の超いいこととか期待しちゃうわー』

明確な理由を言わなくても動いてくれる彼方。好きだ!


「おう、期待して損はしないね。そういや彼方さー身長伸びた?」
『んんー、この間の測定では178だったかな』
「まぁじでえ? 俺も178!!」
『おおっ、伸びたなぁ遥』
「でしょー。うぇーい彼方とお揃いー」
『うぇーい。今エレベーター2階だよ。もう着くけどネタばらしはまだなし?』

楽しそうな彼方の声。俺はそわそわが最高潮を迎え、ばっと立ち上がった。
少し離れたところにあるエレベーターの扉を今か今かと見つめつつ「自分の目で確かめて」と冗談ぽく囁く。

『そうする。……あ、着いた』

一人言のように告げられた到着。俺の鼓動はいよいよ高鳴る。
すっと、音もなく重たげな扉が左右に割れた。スマホを耳にあて、俯きがちにエレベーターから降りてきたのは、すらりとした目を惹く青年。

瞳と同じチョコレート色の髪は昔と変わらない。会いたくて堪らなかった俺の幼馴染みだ。

『着いたぞ、遥。何があるの―』

少し口元に笑みを浮かべながら辺りを見渡した彼方が、俺の方を向いて動きを止めた。
ぼうっと成長した幼馴染みの姿を見つめていた俺はへらりと笑う。


「びっくりした? サプライズは俺でした」

スマートフォンに向かって放った俺の声は感動で少し震えていた。嘘、と機械越しに。同時にエレベーターの前に立ち尽くす彼方の唇も動いた。するっとその手からスマホが滑り落ちて、床に落ちた。響いた音にロビーに居た人々の視線が集まる。

俺はまた笑って、ゆっくりと歩きだした。彼方は拾おうともせずじっとこっちを見ている。

俺は通話を終了させてからスマホをポケットに入れた。

次に踏み出した一歩で彼方の前に立ち、最後の二歩は殆ど走るような勢いで。そうして俺は軽く3年ぶりに大事な大事な幼馴染みに抱きついた。

「ただいま彼方!」と満面の笑みで言うことも忘れずに。




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