My heart in your hand. | ナノ


▼ 28

滞りなく、テスト期間は全日程を終了した。
今日が提出日の課題が山のように教卓に積まれている。俺は教科係でもないのでそれを運ぶ必要はないが、係の人は大変そうだ。
通常ならこのまま放課になるのだが、今日は午後に球技大会の種目決めを名目としたロングホームルームがあるらしい。面倒だが、それが終われば帰れる。

範囲の広さで皆が嘆かされた化学が最終日の最後のテストだったために、解放感もひとしおのようで昼休みになった今、教室も廊下も随分と騒がしかった。俺のすぐそばに集まった数人がテストの分からなかった問題を言い合っていて一喜一憂しているし、反対側の少し離れたところでは種目決めについて話している声がする。
俺は今回のテストに関しては、先輩が教えてくれたところが殆ど出たので、もしかしたら予想以上にいい点数をとれるのではないかと思っている。数学も赤点は免れただろう。多分。

「江角」
「岸田。お疲れ」
「そっちもな。江角、昼どうするんだ?」
どこか眠たげでそしてやはり機嫌の悪そうな岸田が机の前に立つ。俺は手を止めて椅子の背もたれに寄りかかるようにしてその顔を見上げた。
「食堂行くつもりだけど」
「俺も一緒に食っていいか」
「うん」
断る理由はないので頷いておく。
岸田はいつも風紀委員と食べるか、一人でぼんやりしながら食べているから、一緒に食事をすることは滅多にない。

「岩見は?」
「さあ。クラスの奴と食べるんじゃね」
「いつも一緒に食べてなかったか」
「ああ、それは弁当をあいつが作ってくれてるから、自然と。弁当じゃない日は、お互い適当にしてる」
連れだって混み合う廊下に出ながら言葉を交わす。へえ、と納得したような声を上げてから、岸田が欠伸をした。

「眠そうだな」
「んー。昨日徹夜したから」
「え? なんで」
「英語ばっかやってたら、化学の課題が終わらなくて」
「あー……。それで、終わらせられたか?」
「明け方に終わった。―眠い。次、絶対寝るわ」
そう言うと、滲んだ涙ごと目を擦った。普段真面目に授業を受けている彼のそんな発言に少し笑ってしまう。相当眠いようだ。

「岸田、種目何にすんの」
「卓球がいい」
バスケかサッカーだろうなと予想しつつ聞いたら、意外な答えが返った。
卓球とドッジボールは多分、運動苦手なやつで埋まると思うのだけれど。
「岸田が卓球になったら、球技苦手なやつ枠なくなって困るんじゃねえの」
体育の授業を思い出しながら、「お前は運動得意だろ」と続ける。そんなに積極的に授業に参加するタイプではないが、鈍い印象は全く無い。
岸田は鼻の頭に皺を寄せて渋面をつくった。

「俺、じっとしてる方が好き」
「だから卓球?」
「運動量は一番少なそう」
神妙な様子で言われる。まあ、実際はそうでもないのかもしれないが、イメージだけで言えば確かに。考えながら、ちょうど到着した食堂へと足を踏み入れた。いつもに増して混雑している気がする。座れる場所があるといいのだけれど。


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