My heart in your hand. | ナノ


▼ 29

昼休みが終わり、ロングホームルームの時間になった。
黒板の前に立ったクラス委員長が自ら球技大会の種目を次々に書き出していく。担任は傍観する構えで、すでに居眠りしそうになっている。どれに出ようかと言葉を交わし合うクラスメイトたちは楽しげだ。

「さて―」
ぱたぱたとチョークで汚れた手をはたきながら振り返った委員長が、そう一言を落とした。それだけで視線と注意を集められるから、彼はすごいと思う。

「今回の球技大会、種目優勝の賞品は食堂無料券一か月分。クラス優勝ならそれにプラスして文化祭の催し物を優先的に決定出来る権利が得られる!」
種目優勝もクラス優勝もすれば実質無料券は二ヶ月分だ! という熱い叫びにクラスメイトたちが沸く。裕福な家の子供が多いらしいが、育ち盛りの男達にはやはり無料券は魅力的なのだろう。それに加え後々の文化祭の優先権まで得られるとなれば、燃える生徒は多い。
「そういうわけで、運動できる人は二種目参加とかしてもらうけどよろしく! 目指せ全種目優勝、そしてクラス優勝!」
元気に拳を突き上げる委員長に合わせて、ノリのいいクラスメイトたちが声を上げる。楽しげな光景の中、廊下側の席に座る岸田を見れば、クラスが盛り上がっているからか寝ないように努力していて、頭がふらふらと揺れていた。
つい笑ってしまったのは仕方がないと思う。

「―で、江角くんはバスケとサッカー、お願いできますか!」
「え」
意識をそらしている間に話は手際よくメンバー選出へと移っていたようで、黒板には既に数人の名前が書かれていた。突然話を振られて視線を向けた先、意気込んだ表情の委員長の手にはチョークが構えるように握られている。
「―なんで俺?」
「それはもう、江角くんがこのクラスで二番目に体力測定の結果がいいから」
そうだったのか、と目を瞬く。ちなみに一位は俺です、と前の方の席で笑顔とともにひらりと手をあげたのは確かサッカー部の生徒だ。

「頼む、江角くん。俺はクラス優勝したいんだ」
「俺、バスケはまだしもサッカーはしたことすらないけど」
「それでもいいんだ! 江角くんに当たりにくるやつなんていないと思うし!」
「……、俺が役に立つなら好きにしていい」
当たりにくるやつはいないというのはどういう意味だろうか。いい意味ではなさそうなので答えは要らないが。
俺は少し逡巡してから了承する言葉を返した。少々面倒でも、盛り上がっているクラスメイトたちに水を差すつもりはない。

さっと顔を喜色に染めた委員長が「あざーっす!」と声をあげた。真面目そうなのに喋ると少し雰囲気が変わる人だ。便乗するように運動部らしき数人も同じ言葉を叫んだ。なんというか、楽しそうで何よりだなと思った。


▽▽▽

鶏五目の炊き込みご飯に白身魚のフライ、切り干し大根の煮物とつるりとした卵色の茶碗蒸し。テーブルに並んだ見目からして美味しそうな食事に思わずおお、と感嘆の声が漏れる。
さすが岩見、そこらの主婦に全く引けをとらないこのスキル。

「美味しそう」
「晴貴くんは好き嫌いなくて、お母さんとっても助かっちゃう〜」
「お母さん、食べていい?」
「いいわよー」
へにゃへにゃと笑う岩見が頷いたので、丁寧に手を合わせて食前の挨拶をする。


「球技大会、なに出るか決まった?」
二つのグラスに冷えた麦茶を注ぎながら岩見が問うた。口に含んだ茶碗蒸しの滑らかさを味わいながら首肯で応える。
「何になった? 俺はバスケ!」
「俺もバスケ。あと、サッカーも」
「え、二種目?」
「ん。なんか委員長が優勝したいらしくて、運動そこそこ出来るなら二種目頼むって」
切り干し大根は味が染み込んでいて美味しい。
フライを箸で切り分けながらなるほどと頷く岩見。

「じゃあバスケでエスと当たったりするんかな。嫌だーぁ」
「なんで嫌なの」
「だってお前、絶対軽々と俺を抜くんですもの」
「そうか? 俺もお前も同じくらいだろ、運動能力」
「何をおっしゃるか、俺は実のところ球技が得意ではないぞ」
むっと唇が尖る。口角がもともと上がり気味なせいでアヒルみたいになっている。


prev / next
しおりを挟む [ page top ]

77/210