My heart in your hand. | ナノ


▼ 11

目だけで見たデジタル時計の時刻は、いつもの起きる時間を過ぎている。いつも通りに部屋に来ない俺を心配して電話をかけてくれたのだろう。
返ってきた岩見の言葉も「薬持ってそっちに行く」という簡にして要を得たものだった。

通話が終了し、俺はスマホを支えていた腕をぼとりとシーツの上に落とした。
風邪をひくなんて、いつ振りだろう。
体が熱いのに寒くて震える。熱まで出ているのだろうか。のろのろと動かした手を額に当ててみたがよくわからなかった。鼻先まで布団に埋めて深く息をつく。


そのまま、少し意識が飛んでいたらしい。がたがたと音がして、ふっと重い瞼を開いた。
ドア越しのくぐもった物音と話し声のあと、薄暗い部屋に光が入り込んだ。首をめぐらせてそちらを見れば、白い袋を持った制服姿の岩見が立っている。その後ろにはまだ部屋着の北川が、心配げな顔をしているのが見えた。
大丈夫? と声をかけられたので、ひらひらと手を動かしてみせる。入れてくれてありがとう、と北川に礼を言った岩見はドアを閉めてこちらに踏み込んできた。

「エス、熱はかった?」
「いや―体温計ない」
「持ってきたから、はかろ」
ぼそぼそと答えると準備よく体温計を差し出された。
岩見の手が額に触れる。随分冷たい手だ。眉を寄せた岩見が熱いと言ったことで、ああやっぱり熱があるのかとわかった。どうやら岩見の手が冷たいのではなく俺の体温が高いらしい。

Tシャツの上に着ていた上着のボタンを外すのに手間取っていると岩見が何も言わずに外してくれる。子供かよ、と熱に浮かされていない部分で思うが、この怠さのなかでは有難いことでしかないので小さく礼を言う。

「とりあえず、風邪薬飲まなきゃだし、一旦何かお腹に入れないとね」
「喉痛い……食いたくねえ」
「そうかと思ってこれ買ってきた」
床にしゃがみこんだ岩見はガサガサと袋を漁って栄養補給用のゼリー飲料を二つ掲げた。
こいつは本当に気が回るよなぁとしみじみ思う。

体温計の電子音が鳴る。岩見が手を差し出してきたので自分では確認しないまま手渡した。

「ふぎゃあ」
「なにその声……、やっぱ熱ある?」
「あるなんてもんじゃねえぜ…八度五分ですわ」
「―うわ……」
聞かなければよかった。咄嗟にそう感想を抱いて目を閉じる。

岩見は、昼にもなんでもいいから食べて薬を飲めとか水分をとれとか言い含め、いろいろ世話を焼いてくれてから慌ただしく出ていった。
朝から迷惑をかけてしまったが、いろいろ買ってきてくれてすごく助かった。
とりあえず、言われたように薬を飲もうと静かになった部屋の中で体を起こす。ぐらぐらする背中を壁に寄りかからせてゼリー飲料を口にする。
本当に喉が痛くて億劫だ。続けて苦い薬を水分で飲み下して、それだけで疲れてベッドにずるずると倒れ込んだ。

うつ伏せで抱き枕に顔を押し付ける。頭が痛い。寒い。
体を小さく丸めてまた眠気に引きずられるように目を閉じた。


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