My heart in your hand. | ナノ


▼ 12

とろとろと眠りに落ちては覚醒することを繰り返す。朝以降で明確に意識が冴えたのは、正午を少し跨いだ頃だった。

痛む喉を宥めるようにスポーツドリンクを飲む。普段ならこの後味があまり好きではないのでほとんど口にすることはないのだが、水分が足りていないのか喉が乾燥しているせいか、今日は独特の甘みが美味しく思えた。
ぼんやりしたまま寝返りを打ってスマホの画面を起動する。ポップアップの通知が数件あった。
岩見から先生に伝えておいたという報告とよく休めよという言葉。それに返事を返してから、もう一つメッセージが来ていることに気が付く。

「大丈夫か?」という短い、心配の文章。キヨ先輩だ。それを見て俺は首を捻った。キヨ先輩からこんなことを送られてくる心当たりがなかった。
俺が風邪で寝ているということを知っているとは思えない。では、これは何に対しての大丈夫か、なのか。

受信した時刻は一時間ほど前だ。俺は首を傾けたまま何がですか、と送ろうとして、ふいに響いたチャイムに静止した。
誰だろう。ちょうど昼休みになった頃だから、岩見が様子を見にきたのだろうか。いや、でもあいつはカードキーを持っているから北川がいない今はチャイムなど鳴らさずに入ってくるはずだ。

では別の誰かか?
考えたが答えは出なかったので、あまり間をあけないうちに立ち上がった。すこしくらりとしたが、持ちこたえて部屋を出る。
のぞき穴を確認するのも面倒でそのまま少々重い扉を押し開けた。

「……え」
「―えっと、大丈夫、か?」
そのままの体勢で固まった俺に、相手はぎこちなく笑った。少し首を傾けた仕草に合わせて揺れた自然な茶色の前髪、その隙間から見える透き通った色の目。

順番に見つめて、数度瞬きを繰り返す。
「幻覚……?」
「いや、本物です。あー、その、しんどいのに起こして悪い」
「え、キヨ先輩? いや、それは大丈夫ですけど、え、なんで……?」
遠慮がちに話す先輩は、当たり前だが幻覚の類いではなかったらしい。頭の悪いことを口走ってしまった。
上手く働かない重たい頭に手を当てて、とりあえず中に入ってもらうよう促す。

「さっき移動のとき偶然、岩見に会って。ハルが寝込んでるって教えてくれたから……寝てるんだろうとは思ったんだけど心配で―、ごめんな」
あいつなんでわざわざ伝えてるんだ。
そう思って顔をしかめるとキヨ先輩は眉を下げて申し訳なさそうな表情になってしまった。

「謝るようなこと、何にもないですよ。心配してくれてありがとうございます。でも、そんなひどくないんで―」
そんな顔をする必要はないと伝えたくて言葉を紡ぐが、口から出る台詞がふわふわと浮き上がっているような感じがする。頭に浮かんだことをそのまま話しているせいだろうか。
風邪が移ると大変なことは分かりきっているから、心配してわざわざここまで来てくれたことが嬉しくても早く戻ってもらわなくてはいけない。

大丈夫です、と続けようとした言葉は、空気を震わせることなく口の中で消えてしまった。キヨ先輩の手が俺の額に当てられたからだ。

「ひどくないはずないだろ。すげー熱いぞ」
「あ、」
「すぐ横になった方がいい……、って俺のせいで起きてるんだったな」

そのまま、またごめんなと言いそうだったから、それより早く頷いて寝室に向かうことにする。
覚束ない足取りを見た先輩が支えてくれた。


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