My heart in your hand. | ナノ


▼ 9

「エスー。みじん切り出来たー?」

刻んだ茹で卵をボールの中で潰していた岩見が、身を乗り出して手元を覗き込んでくる。俺は頷いて包丁を脇に置いた。

「これでいいか?」
「おお! 上手くなったなぁ、おっけーおっけー」
褒め言葉つきで頷かれてほっとする。調理台の上にはパン粉を纏って後は揚げるだけの状態になった海老が並んでいる。たまにこうやって一緒にキッチンに並ぶのだが、岩見の流れるような作業には本当に感心してしまう。

「よし、じゃあ玉ねぎ全部ざるに移して水に晒してー。そのあとはよく水切ってね」
「わかった」
レバーをあげて勢いよく流れ出た冷水にみじん切りにした玉ねぎを晒す。今はタルタルソースを作っているそうだ。俺は自分が何のための作業をしているかもわからず、指示のままに動いている。まるっきり子供の「お手伝い」のようで少し笑える。

「あ、それで、委員長のところに泊まったんだっけ?」
丹念に水を切っていると、思い出したように岩見がこっちを見た。そういえば俺がみじん切りに集中していたせいで話が途中になっていたのだった。

「そう、めっちゃビビった」
「でも委員長、迷惑そうとかじゃなかったんだろ?」
「まあそれは……あの人、優しすぎると思う」
「ははっ、優しさっていうか、お前だからだったんじゃないの? 誰にでも同じ対応ってわけじゃないでしょ、流石に。あ、じゃあ玉ねぎここに入れてー」
「ん。―でも、なんか慣れねえ」

言われるまま、岩見の持っているボールに玉ねぎを移す。

「可愛がられるのが?」
「可愛がられ……、そういうのじゃないけど」

可愛がられている、という表現があっているのか分からないが、とにかくあのものすごく優しい目で見られるとそわそわして落ち着かない気持ちになってしまうのだ。
それを声に出して言うのはなんとなく恥ずかしい気がしたので、言葉を濁して眉を寄せる。

そんな心中を察しているかのように笑った岩見は、「嫌じゃないんだったらいいじゃん」と軽く俺の肩を叩いた。
そこで終わらせてくれたのが分かったので俺もそうだな、と頷いた。

「はい、じゃあマヨネーズとお酢入れるぞー。エス、マヨ入れてー」
「どれくらい?」
「んー、じゃあストップっていうからそれまで入れて」
「適当だな……」
そういえば、岩見が料理をするときに計量カップなんかを使っているのは見たことがない。菓子を作るときはさすがにはかっているらしいが。
苦笑いしながらマヨネーズを絞り出す。じーっと見ていた岩見が「ストップ!」と声をかけるのと同時に出すのを止めれば、満足げに頷かれた。

少量の酢も加えて、塩コショウをぱぱっとこれもまた適当に振る。

「おっしゃ、じゃあエスはこれ混ぜて。俺はエビフライを揚げましょう!」
「わかった」

鼻歌まじりにコンロに火をかける岩見。こんなに緩い感じで作っているのに、こいつが作るものはなんでも美味しいからすごいと思った。



真っ直ぐで見栄えのいいエビフライは歯を立てるとさくりといい音がする。

「どう?」
「美味いに決まってる」
「よかった」
「そういえば昨日、楽しかったのか?」
嬉しそうな様子の岩見に、ふと思い出して問いかける。

「うん、楽しかった。皆美味しいって言ってくれてほっとしたよー」
「だから大丈夫って言っただろ」

大きく頷いたのを見て笑いながらそう言う。岩見は「だって自信なんかもてねえし」と口を尖らせた。
まあ、楽しかったなら良かった。少し気になっていたから。

そのまま岩見はどんなことがあったかを話しだす。よく出てくる名前はもう覚えてしまった。
気の合う人が複数人いるというのは楽しいことだろう。

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