My heart in your hand. | ナノ


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「―なーんだもう、びっくりしちゃったよ! てっきり鷹野がさっそく江角くんとただならぬ関係になったんだと思っちゃった」
「おい」

紅茶を飲みながらのんびりと笑う副委員長の言葉に先輩が不機嫌そうに一声。
俺はさきほどまでの副委員長の興奮具合と今出た台詞にひくりと頬がひきつるのを感じた。ただならぬ、とは。

「―先輩の名誉にかけて、そんなことはないっすね」
「ふふふ、誤解してごめんね」

丁寧に否定すればあまり悪いと思ってなさそうな謝罪をされた。
こいつに気にせず食べろというキヨ先輩からの指示もあり、俺と先輩は食事中だ。

「紅茶美味しいなー。江角くんの淹れてくれた紅茶」
「そうすか。よかったです」

江角くんの淹れてくれた、というところを妙に強調して、笑顔を作る彼に首を捻りつつも礼を言う。俺の手柄というよりは茶葉がいいだけの気もするけれど。

「これなんてやつ? ダージリン? アッサム? それくらいしか種類知らない」
「アッサムです。一番減ってたので、先輩が好きなやつなのかと思って」
「あーそうだな。確かにアッサムばっか飲んでるかも」
ちらりと先輩を見て答えると頷いて、「淹れるの上手いな」と笑いかけられた。
「また来たとき淹れて」
「あ、はい。ぜひ」
「知らないうちにずいぶん仲良しになっちゃてー」

俺と先輩の会話を聞いた副委員長は、そう言って先輩の背中をばしばしと叩いた。
先輩は叩くなと怒っていたが、俺は仲がいいように見えるのかとそっちのほうが気になってしまった。
むずむずするというかそわそわするというかそんな感覚が腹の中に広がる。

なにやら言い合う先輩たちの会話を聞くともなしに聞きながら、ドレッシングをかけたサラダを食べ終え、少し温くなった紅茶を飲む。ごちそうさまでしたと手を合わせてからちらりと壁にかかった時計を見た。

「そろそろ戻らないと、人に見られるな」
同じように時計に目を向けていたらしい先輩の一言に頷いて立ち上がる。ちょうど食べ終わった先輩のぶんの皿もまとめて洗い場に運ぶ。

「洗わなくていいぞ」
「え、でも」
「登校するやつに部屋戻るところ見られるの嫌だろ?」
苦笑した先輩は時計を指差した。確かにそれは、じろじろ見られて嫌な気分になりそうだが、片付けくらいはしたい。中途半端に袖をまくる動作を止めて躊躇しているとこちらに来た先輩に「いいからいいから」と背中を押された。

玄関で靴を履いて振り返る。

「―すみません。何から何まで」
「いいって。またおいで」
「ありがとうございます」

頭を下げるとぽんぽんと撫でられた。あまり変わらない身長なのにこうやって撫でられるのは年下だからだろうか。
色々迷惑をかけたと渋い顔をしてしまったが、あんまりにも先輩が気にしてないふうなので頬が緩んで苦笑に変わってしまう。

お礼を言って部屋を出る直前、ふっと奥に目をやるとまだダイニングの椅子に座っていた副委員長がとてもにやにやしながらこちらを見ていて、いけないものを見てしまったような気持ちになった。


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