My heart in your hand. | ナノ


▼ 31

どこか静かなところでゆっくり食べようと二人で話し合って、目についたものを色々と買ってから文化祭中は使われない地学講義室にやって来た。
並んで教壇に座り、一息つく。室内は照明をつけなくても明るかった。喧騒は随分遠い。

「あー、静かだ。落ち着く」
「本当ですね。なんか気が抜けた感じします」
「な。よし、とりあえず冷める前に食べようか」
「はい」

頷いて、買ってきたものに手を伸ばす。焼き鳥の他に、たこ焼きや唐揚げ、チュロスにベビーカステラなどもある。少し買いすぎたのではと笑いながら、結局全部二人で食べた。

「そういえば、中講義室使ってプラネタリウムやってるクラスがあったよ」
「へえ―手作りですか?」
「いや。確か家庭用の小型投影機使ってたと思う」
「ああ、なるほど」
準備は手軽だが、出し物としては結構良さそうだ。キヨ先輩は思い出したようにほのかに笑みを浮かべて、「柊がさ」と副委員長の名前を出した。俺はチュロスでべたついた指を拭いながら耳を傾ける。

「巡回してたとき、中が真っ暗なのが嫌だって言って、入りたがらなかったんだよ」
「え、副委員長暗いところ苦手なんですか?」
「らしい。俺も知らなかった。確かに暗幕も張られてて外から見るとかなり暗かったけど、あんなに嫌がるとは思わなかったな」
「ちょっと意外です」
「うん」
どこか掴みどころがない印象の副委員長がそんな分かりやすいものを怖がるとは。見かけによらないものだなと感心しつつ、「キヨ先輩は中まで見たんですか」と尋ねてみる。

「上映時間の隙間にちらっとだけどな。星で明るくて、中に入ってみたら大して暗くはなかった」
「へえ、」
明るく感じるほどたくさんの星。言われたものを思い浮かべようとしたら、目にしたことのある本物の星の方が自然と脳裏に浮かんだ。たった数週間前のことなのに懐かしく思う。
あの一緒に過ごした時間で先輩とは以前よりずっと親しくなった。彼はこう言うだろうとか、こんな返事をするだろうというのも、そのくらいからなんとなく分かるようになって、合っていると嬉しいし、全然違ったらこの人はそういう考え方をするんだなとか、そっちの方が予想していたよりも好きな答えだなと思う。より彼へと向くようになった意識が、そんな思考を作っている。それはあの時間があったからこそだ。
思考が逸れたまま少しぼんやりしていると、隣で笑う気配がした。

「? なに?」
「ああ、ごめん。ふと、ハルと仲良くなれたなあって考えたら、嬉しくなって」
「それは、俺も今考えてました」
「本当? 一緒だな。俺の感慨はひとしおだよ。前は隣に座ってももっと距離があったのに―今は、ほら。こんなに近い。」

とん、と膝同士が触れる。それで初めて、身動ぎしただけでぶつかるくらいの距離に座っていたのだと気が付いた。確かに近い。視線を触れ合った膝から上げる。
先輩は前を向いたまま淡い笑みを浮かべていた。その表情は、言葉以上に嬉しそうに見えた。
柔らかで優しくて、この瞬間彼の頭の中には俺の存在しかないのではないかと感じてしまう。落ち着かない気持ちになった。

「……先輩だって」
「うん?」
「前より、子供っぽくなった」
膝は触れたままだ。俺から離したって良いのに、脚は動かない。分かっていてそのままにしているのを濁すように呟く。
「えっ、そうかな。それって俺、呆れられてる……?」
「違います。そうじゃなくて―ふざけたり声だして笑ったり、拗ねたり、そういうのを、俺相手にもっと見せてくれるようになった、ってことです」
変わったのは俺だけではない。仲良くなるというのはそういうことだろうけれど、だからこそ時々その変化に気が付いたとき、嬉しくなる。
それに、距離感だって俺だけが詰めているわけではないはずだ。お互いに無意識に詰めていたからこそこんなに近いのだと思う。

俺の弁にキヨ先輩はふっと息をついた。
「そっか。俺も変わってるとこあったんだな」
「そうですよ」
そっか、ともう一度呟いた先輩が肩をくっつけて少しだけこちらに凭れるようにした。驚きはすぐに凪いで、胸の内が温かくなる。
俺はじっと黙り込んでいた。外から途切れ途切れの音楽が聞こえた。


「……もっと、近くなれたらいいのに」
不意に先輩が言った。囁くような、すぐそばにいるからこそ聞こえる声量だった。彼の滑舌がもう少し悪ければ聞き取れなかったかもしれないと思うくらいの。

何を言われたのか頭の中で反芻してからそっと隣を見る。キヨ先輩は、いつの間にか顔をこちらに向けていたらしかった。
目が合って、そのまま絡め取るような強さで見詰められる。動揺したが逸らせなかった。自分がどう呼吸をしていたか急に分からなくなる。



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