My heart in your hand. | ナノ


▼ 30

話しているうちに目的地に着いた。Gクラスの焼き鳥の店は玄関前の広場の、屋台みたいにいくつか並んだなかにある。傍に寄ると道長さんにさっそく見つかった。
「あ!!」と大きな声を出してこちらを指さした彼のせいで周囲の注目がこちらに集まる。

「江角! 久しぶりじゃーん、いえーい、げんき!?」
「声でかいしうざいっす」
「ひど! つーかなにその格好! かっけーじゃんいいねいいね!」
「道長さん、まじで声抑えて。久我さんは?」
「安里クンに会いに来たのか?」

「風紀委員長だ」と小さなざわめきが起こるが、道長さんはお構いなしだ。というか、俺のすぐ後ろにキヨ先輩がいることも気がついていないのではないだろうか。
ぐいぐい近付いてくるのを押しやりながら尋ねると、ひょいと顔を見せた赤髪の人が意外そうな顔をする。
この人に会うのは初対面以来な上にだいぶ間が開いていたが、森下さんとは違って髪色が変わっていなかったからちゃんと誰だか分かった。

「会いに来たっていうか、おいでって言ってくれてたんで一応挨拶しとこうかと」
「ほお。安里クンは今トイレだ」
「そうすか」
「あぁっ!? お前! 後ろに何連れてんだ!?」
不在かと頷いたところで、またも道長さんが声を上げた。後ろ、と言われて振り返った先で、キヨ先輩は呆れと困惑と笑いが混じったような表情をしていた。

「なんすかその言い方。失礼だろ」
何連れてるって人に、しかも年上相手に対する物言いではない。俺が顔をしかめると、道長さんはにっと笑った。

「おっ!? 喧嘩するか?」
「しねぇよ……」
「江角、風紀委員長と回ってんの? どういう関係?」
俺と道長さんの会話に頓着せず、今聞きたいから聞きましたといったふうに赤髪の人が疑問を口にした瞬間、周りが静かになった気がした。
違和感を覚えて辺りを見回したが、特に原因は把握できなかった。それに静かになったのはごく近場の人達だけのようだ。教室とかで、時々起こる現象だろう。天使が通った、とか言うやつ。


「どういうって、」
何気なくキヨ先輩を見たら、じっと見返された。俺がどう答えるか待っているようだ。しっくりくる表現が見つからず、少し言い淀む。
友達と言えばいいのだろうが、なんとなく最適な言葉ではない気がする。あやめちゃんに聞かれたときも同じことを思ったな、とふと思い出す。そうは言いたくないような気がするのは、何故なのだろう。

「―仲が良いんです、普通に。ね?」
言い切ればいいだけなのに、仲が良いと自称した瞬間ふわっと照れくさくなって、適当に言葉を付け足した。同意してくれたら少し誤魔化されるから、先輩を振り返ると、すぐ首肯してくれた。
ほっとして「へー。知らんかった」と目を丸くする相手に、それはそうだろうなという気持ちで頷いてみせる。他人の交友関係なんて知らないのが当たり前だ。

「うわっ、委員長が見たことない顔してる……」
「道長、うるさい」
とうとう先輩にまでうるさいと言われた道長さんの言葉が気になって、また振り返る。ニコニコしながら「ん?」と首を傾げられた。見たことがない顔ではなかったので、何か別の表情をしていたのかこの笑顔を見たことがないということかは判別がつかなかった。
視線を感じてふと横を向くと、隣の屋台の人やその前にいる生徒から凝視されていた。キヨ先輩と仲が良いなんてこんな人前で言ったせいだろうか。少し気まずくなる。

長居する気はなかったので、会話を切るように焼き鳥を注文する。奥の調理場から直接焼き鳥の入ったパックを持ってきてくれた森下さんと軽く話して、久我さんによろしくと伝えてその場を離れた。


「あ、晴貴ー!」
校舎に近いところにある別の屋台の前で、ちょうど向こうからポケットに手を入れた久我さんがとろとろした足取りでやって来るのに出会した。

「え、委員長も一緒じゃん。こんちはーす」
「こんにちは」
「あっ、うちのとこ来てくれたんだ? 嬉しいなー。ありがと、晴貴」
にー、と笑って持ち上げた腕を俺の両肩に乗せてくる。加わった重みと距離感に苦言を呈する前にキヨ先輩が「おい」とその腕を払い落とした。いや、払うというほど乱暴な仕草ではなかったが。

久我さんは、それを受けていつも伏しがちな目をくりと見開いた。意外に大きな目だった。

「え、委員長。まじ? ははは」
「笑うな」
「んふふ、ごめんて。俺、勘がいいんだよ。ま、来てくれてありがとね、二人共。じゃあな」
何が可笑しいのか含み笑いのまま、その割にはあっさりと手を振って去っていった。何だったのだろう、とキヨ先輩を見る。

嫌そうな顔で彼の後ろ姿を見送った先輩はそれについては言及しないで「行こう」と俺の背を優しい手付きで押した。


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