My heart in your hand. | ナノ


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「あ、そうだ。よかったら、委員長もごはん一緒に食べません?」
「え?」
じゃれるように言葉を交わす二人を横目に波立つ感情を落ち着けることに神経を向けていたから、ふいに話を振られて少し戸惑った。
本を閉じてまたこちらを向いたハルがじっと見上げてくる。

「俺たち、今日は食堂で食おうかと思ってるんです。キヨ先輩も、一緒に行きませんか?」
俺はハルの向かいに視線を移した。
岩見が俺に気を遣っていたり、遠慮したりしているのだとしたらそれは嬉しくない。ハルが大事だという彼を羨ましいと思ったことはあっても、嫌だと考えたことは一度もない。
仲のいい二人が好きだし、俺としては岩見が親しく話せる後輩になったら嬉しい。

そんな思いから窺ったさきで、岩見はハルと話しているときと変わらない人懐っこい表情で俺の返事を待っていた。

「うん、行く。ありがとう」
安心した俺は、ハルを見下ろして頷いた。


「―悪い。さっき、すこし馴れ馴れしかったか?」
本を返してくると奥に向かったハルの背を見送ってからそっと尋ねる。なんのことかすぐに察してくれたらしい岩見は慌てたように首を振る。

「いや、違くて。すみません、委員長が俺にもそんなふうに話しかけてくれるとは思わなくて」

びっくりしただけです、と気恥ずかしそうに眉を下げる。話しかけてくれる、って。そんなたいそうなことではないだろう、と思う。
けれど、ひょっとすると彼は、俺がハルに向けている特別な感情を薄々感じ取っているのではないかと思い至った。その感情を俺は一度も明確に言葉にしたことはないが、透けていないとは言い切れない。
ハルが気付いていないのは、断言できるけれど。

ふ、と苦笑が漏れた。

「俺は、岩見とも仲良くしたいと思ってる」
目を見て言う。基本的に視線を合わせることに全く躊躇をしないハルとは違って、岩見は日本人らしい自然な仕草で一度目を逸らし、すぐにまたこちらを見た。
真意を窺う顔つきだ。俺は少し緊張した。一拍の間を置いて岩見が小さく口を開く。

「俺とエスが二人でだらだらしてる空間に、委員長が加わったとしても、俺はきっと寂しい気持ちにはならないんじゃないかな」
「―…それって、最上の了承じゃないか?」

含みのある言い回しに慎重に答えると、岩見は否定も肯定もしなかったが小さく声を上げて笑った。
言葉を探しているうちにハルが歩いてきて、並んで立っている俺たちを見た瞬間目を細めた。一瞬だけ浮かんだ表情に、俺は思わず岩見を見る。

「ハルは俺と岩見が仲いいと嬉しいのかな」
「そりゃ、だって俺もいいんちょーもエスの大切な人でしょう?」
自分で言ってくすぐったそうにする岩見に「何の話?」とハルが声をかけた。

「んー? 俺とエスのいつものだらだら空間に、委員長が加わったら楽しいかもねって話」
返答を聞いたハルは一瞬目を丸くすると、手を伸ばしてぐしゃぐしゃと岩見の頭を撫でた。

「ちょっと! なになに!」
「いや、なんでも?」
抗議されるとさらりとそう返す。けれど俺を見上げた目は明らかに嬉しそうで、俺もつられて笑ってしまった。

「食堂いくか」
「はい」

頷いて岩見から手を離したハルの頭を今度はまた俺が撫でる。首をすくめたハルを見て、岩見はくしゃくしゃの頭のまま柔く笑った。



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