My heart in your hand. | ナノ


▼ 6

「向いてると思うけどなあ。ま、これ以上しつこくはしないから、安心して。鷹野に怒られたくないし、君にも嫌われたくはないからね」

副委員長はあっさりと言って、軽く手を揺らした。
俺を勧誘したことでキヨ先輩に怒られるという図式はあまりピンとこない。怒られますか、と繰り返すと多分ねと彼は笑った。

「あ。そういえば、鷹野とはどうなの?」
思い出したように聞かれる。質問の意図が読めず、俺は少し戸惑った。
「どうって。何がすか」
「うーん、いろいろ。進展的な。二人ってどんな話するの?」
「話……」
どんな、と言われても具体的にこれと言えるような特殊な会話をした覚えはない。キヨ先輩とはいろいろなことを話す。目についた何かや好きなもの、気に入っている本に作家、幼い頃のことやその日あったこと。
会話しづらいと思ったことはないし、どちらかが一方的に話しているわけでもない。更には沈黙にも、少なくとも俺は気まずさを感じない。
親しさとはそういうものなのではないかと思う。

「普通の話です」
「普通かー。恋バナとかはしない?」
「は? しません」
「ふうん。江角くんって、どういう人がタイプ?」
副委員長が身を乗り出す。楽しげに目が輝いているのを見て、俺はちょっと顔をしかめた。さっきから話がころころと変わってついていけない上に、このノリである。
率直に、面倒くせぇと言いかけたのを飲み込む。

この人は風紀委員会でキヨ先輩を補佐している副委員長であると同時に、彼の友人でもある。ただの顔見知りならどうでもいいが、そのことを思うとあまり邪険にもできない。
鬱陶しいと感じてしまう気持ちよりも、キヨ先輩の友達を雑に扱うのは嫌だという気持ちのほうが強い。俺は顔をしかめたまま、普通なら無視する質問に対する答えを考えた。

「……よく笑う人、ですかね」
恋愛の相手としてどういう人間が好きかと聞かれているのは分かっているが、そんなものはかつて存在したことがないので答えようがない。だが、タイプなどないと答えても恐らく納得してくれないだろう。だからなんとなくそれっぽいことを言ってみた。
的外れでもない気がする。キヨ先輩も岩見も、ついでに陽慈だってよく笑う。俺はそれを好ましいと思う。好みのタイプなんて言い方をされると微妙だが、ちゃんと好きな共通点だ。
とはいえ、よく笑うからという理由で他の誰かを好きになるかと言われるとそんなこともないので質問の意図からはずれているような気もする。まあそんな正確な答えは求められていないだろう。つまりこれでいい。

「へえー! いいね、にこにこしてるのって魅力的だもんね」
「そうっすね」
合わせて頷く。副委員長は満足げに乗り出していた体を引いて背もたれに体を預けた。
「うわー、いいこと聞いたなあ」
「そうすか」
「江角くんの好みが知れて嬉しいよ」
よく分からない人だ。だが、何がいいことなのかとか、何故そんなことを聞くのかと問おうとは思わなかった。あまり興味がない。
「そうですか、なら良かったです」と応じると、副委員長はさっと立ち上がった。その動きをなんとなく目で追う。笑顔がこちらを見下ろした。

「よし、じゃあそろそろ行くよ。お邪魔してごめんね」
「いえ。お疲れさまです」
彼は「うん、お疲れ」と爽やかに手を振って、さっさと去っていった。ちょっと唐突に思えたが気にはならない。来たのとは反対方向に歩いていく背中を見送る。
よく分からない人だったが、親しくなる必要があるわけではないからそのままでもいいと思う。



太陽が先程までより低い位置にある。空はうっすらとオレンジを帯び始めていた。
夕焼けは好きだ。一日のうちで一番好きな時間帯かもしれない。

ベンチに凭れて、頭を反らすと空と視界の端のコスモスが逆さまに映る。
そろそろ帰ろうかと考え始めたところで、急いでいるような足音が聞こえた。近付いてくるそれに、今日はやけに人が通るなと小さな溜め息が出る。
別に寮と学校との通り道というわけでもない、静かなところだから好きなのに。

だがもちろん通る人が悪いわけではないし、ここは俺の場所ではない。単に今日がいつもより人通りが多いだけ。ゆったりと目を閉じて、足音が通り過ぎるのを待つことにする。

落ちていく陽と共に、気温も少し下がったようだ。風は先ほどよりひんやりとしている。


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