My heart in your hand. | ナノ


▼ 29

背中に先輩の両腕が回されている。(ぬく)い石鹸の匂いがして、頬に柔らかい髪が触れる。
強く抱き締められている。「え、」と声が漏れた。

「き、キヨ先輩―?」
「……うん」
「え、っと―どうしたんです、か」
「ごめん、ちょっと……なんていうか、ぐわっと来た」

半ば呆然と固まっていた頭が動き出した。
俺の言動の何がどう彼の琴線に触れることが出来たのかは分からないが、自分にも覚えのある感覚を告げられたことがとっさのことに強張っていた体を緩めてくれた。俺のさっきのも、ぐわっと来たってやつだったから。なんだそれなら俺もさっき抱きついて良かったのか、と思う。
あー、と恥ずかしそうに唸る声を耳元で聞きながら小さく笑って、こちらからも手を回してみる。しっかり抱き締めるのは難易度が高いから、岩見が抱き着いてきたのを受け止めるときみたいに軽く。

「……ハルになら、なんだって教える。なんだってあげる。俺はお前が特別に大事なんだよ」
覚えておいて、とキヨ先輩が言う。多分、俺のと同じくらい擽ったい言葉だ。笑う気にはならない。嬉しい。
けれど、俺が先日伝えたことへの返事みたいだなと思ったら、じわじわと恥ずかしくなってきた。さっきの比ではない。もしかして、俺の言い回しがあれだから先輩の方もこうなったのか? 純粋な嬉しさを羞恥心が覆っていく。
足を踏みかえて唇を噛みながら俯くと、額を先輩の肩に押し付ける形になった。
「……、キヨ先輩」
「―なに?」
「あの、すごく嬉しいんですけど、恥ずかしすぎて頭がぐらぐらします―」
「でも、ハルも言ってくれただろ?」
顔を合わせなくても先輩が笑ったのは分かった。

「それです。先輩がというよりは俺の言動がヤバい、っていうのを自覚してちょっと……あの、全部忘れてもらっていいですか」
「やだよ」
にべもない。ついには声を出して笑った先輩が体を離す。体温が遠ざかって少し寒く感じた。
「もうもらったから、俺のだろ。それに、ヤバくないよ。そんなふうに恥ずかしくなるのにそれでも伝えてくれて、俺はめちゃくちゃ嬉しい」
それは、言ったときは別に恥ずかしいことを言っているつもりはなかっただけだ。ただちゃんと伝わって欲しいってことばかりに意識がいっていて、伝えるための言葉は選んでも言い回しがどうこうなんて気にしてなかっただけ。
熱い顔を手で隠しながら思わず睨んだけれど、本当に嬉しそうに笑いかけられて毒気が抜かれた。
どうせ今更だ。伝わって欲しいと思いながら話すとどうしてもそういうふうになってしまうということで、ならば仕方がないことなのだ。恥ずかしいものは恥ずかしいが、兎も角、そんなふうに開き直ってみる。

先輩が引いていないなら、もうそれでいい。


なんとか気を取り直してからは、しばらく並んで地面に座り、ぽつぽつと会話をしながら星を眺めた。ちゃんと覚えておけるように網膜に焼き付くほどじっと見ていた俺に、先輩は「また来ような」と花火のときと同じことを言ってくれた。

行きと同じように先輩に先導されて戻ったころには時計は深夜の三時を回っていて、明日早いのにと謝られてしまったが、睡眠よりもよほど貴重な時間だったと思う。

その夜は星の中を揺蕩うような夢を見た。

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