My heart in your hand. | ナノ


▼ 30

何本か電車を乗り継いで、学園の最寄り駅に到着した。そこからは、学園からシャトルバスが出ているからそれを利用する。
片道二十分近くかかるバスを降り、学園の門を見上げるとさすがに「やっと着いたな」という気分になった。午前中にキヨ先輩の家を出て、今はもう夕焼けで空が赤い。
俺たちの地元よりキヨ先輩の住んでいるところの方が少しだけ学園から遠かった。まあ似たり寄ったりではあるが。

「キヨ先輩。荷物置いたら、一緒に飯行きませんか」
寮に入ったところで隣に声をかけると、先輩ははたりと目を瞬いた。
「それは歓迎だけど、岩見は? 作ってくれてるんじゃないのか」
「いつ着くか分からなかったから、用意しなくていいって言ってあるんです」
エレベーターに乗り込むと、何も言わずとも俺の階のボタンを押してくれる。先輩の部屋は最上階だ。
「そっか。じゃあ、一緒に行こう。ロビー再集合でいい?」
「はい。じゃあまた後で」

ちょうど三階に到着する。降りて後ろを見ると、ゆるゆる手を振られたので手を振り返してから歩き出した。
岩見に到着を伝えるメッセージを送りながら部屋に向かい、久しぶりに使うカードキーで解錠する。玄関には数人ぶんの靴があった。先に寮に戻っていたらしい北川のところに、友達でも来ているのだろう。
とりあえず靴を脱いで自室に荷物を置きに行き、また出てきたところで向かいにある北川の部屋のドアが勢いよく開いた。

「やっぱり江角くんだった。お帰りー」
不意打ちに少し面食らった俺に、北川は構わず笑いかけてくる。
「、ただいま」
「あ、玄関散らかってんな。ごめん」
「別にいい。友達?」
「うん」
「そうか。俺、またすぐ出るから。気遣わなくていいって言っといて」
北川の肩越しに目が合った一人が、明らかに固まったのを見てそう付け加える。背後を振り返った北川は、なんでもないように笑って俺を見上げた。

「ありがとな。でもあれは、江角くんを見て緊張してるだけだから」
「はあ。 緊張?」
「江角くんのこと好きなんだってさ」
あっさりとした言葉を噛み砕くより早く、北川の最後の方の声をかき消すくらい食いぎみに「北川ァ!?」という大声が重なった。
わけもわからずまた室内に視線を向ける。数人のなかで、さっき目が合った一人だけがここから見ても分かるほど真っ赤になっていた。
「ちが、違うんです! いや、違わないんですけど、えっと、好きって言っても、顔が! 江角くんのお顔が好きなんです!!」
あわあわと手を上下に動かしながら言い訳のつもりなのかなんなのか、そんなふうに言い募るから笑ってしまった。
好きだと言われることはたまにあるけれど、話したこともないのに内面のことを褒められたり、なんとなくそれらしい理由をつけられたりすることはあっても、こんなふうに顔が好きだと言われたのは初めてだった。

「え、あ、笑顔やば……。じゃなくて、江角くん、あの…?」
「や、ごめん。そんな風に言われたことなかったから、面白くて」
笑いを納めて、戸惑う北川の友人に弁解する。「え、でも」と声を上げたのは北川だ。

「江角くんって確実モテるよな? なら告白とかで言われるでしょ?」
「モテた記憶はないけど。告白で顔が好きなんて言うやつ居ないんじゃないの? 見た目が気に入ってるからそばに置きたいって理由でも、優しいとかなんとか、取り繕って言うんだろ、ああいうのって」
知らねえけど、と無責任に締め括る。

「あー、そうかもね。確かに告白だったら相手の内面のこと言うかも。顔が好き! とか身も蓋もないな!」
最初は考えながら、後半は揶揄するように友人を見て言った北川に、相手はまた赤くなって怒った顔をした。
「俺のは告白じゃねえし、本人に伝える気もなかったわ! 勝手にバラしやがって、北川のアホ!」
「いやーつるっと口が滑ってな」
「縫い付けてやろうか……。―あの、江角くん、俺、まじで恋愛感情とか大それたものは抱いてないから。ただただ、ほんっとに江角くんの顔が好きで! 入学式からファンでした」
そんなことを正面切って言われてもどう反応していいか分からない。と、思うには思ったが、面白さの方が勝つ。

「うん、ありがとう」
息をついてから改めて笑い掛けると、彼は首と手を思いきり振って「とんでもない!」と叫んだ。周りの人にも笑われているが、いいのだろうか。

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