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にやにやしそうな頬にぎゅっと力を込めて、なんでもない風に取り澄ましてうなずいてみせる。 「きみも同じクラスだとは偶然ですね」 「なんだその変な顔」 失礼な! おれがいまにやけるのをこらえているのは、優世くんが喜ばせたせいなのに。つん、と顎をあげて変な顔呼ばわりは聞かなかったことにする。 「古文好きなの?」 「いや。苦手だから選んだ」 「へ……、苦手とかあるの?」 「あるだろ。翠はないのか」
優世くんは古文の教科書やノートを準備しながら返事をする。声は小さいけれど、二人だけでいるときと変わらない調子だ。おれも人が見てるからなんでもないふりをしようと思っていたのが、すぐにどうでもよくなってきた。 「苦手ってほどのものは、まだないよ。得意なものもないけど。古文は覚えること多いから復習になるかなって思って選んだの」 「すごいな」 今ほめられたの? 感じからして皮肉ではないよね? 優世くんは横目におれを見て、考えていることを察したらしく「ほめたわけじゃないからな」と釘を差してくる。そういうふうに念を押されると、優世くんの場合は逆に、ほめたんだなっていう解釈になってしまうのだけれど。ほら、優世くんってツンデレだから。
笑いそうな唇をすぼめる。おれがぜんぜん念押しを意に介していないのがわかったのか、眉を寄せた優世くんが何か言おうとしたとき、先生が入ってきた。 はくりと口を閉じて前に向き直る。おれもそれに倣って、だらっとしていた姿勢を正してみた。
先生はうちのクラスの担当ではないけれど、顔は見たことある。たしか、Dクラスの担任の先生だと思う。五十代くらいでクラシカルなスーツを着ている。 穏やかな声で自己紹介をしながら黒板に書き付けられた字はお手本のようにきれいな行書だ。DクラスのほかにAクラスも受け持っているらしい。
今日は、基礎的な復習したあと模試などの過去問題を解いて答え合わせと解説をするというスタイルで授業するようだ。授業は休憩を挟みつつだいたい三時限分ある。優世くんは授業でだらけたりしないタイプだろうなと思ってたけれど、その通りだった。 ちゃんと板書してちゃんと先生の言葉に耳を傾けている。おれも真似して、うっかり寝てしまわないように気合いをいれて授業を受けることにした。
一時限分の授業が終わると、十分間の休憩を告げて先生が一旦退室する。おれは体をぐーっと伸ばしてあくびをした。授業は分かりやすかったけれどやっぱり眠い。 「寝ないでちゃんと受けてたな」 ノートを閉じて、優世くんが言う。おれはあくびしたのをなかったことにして胸をはった。 「いつも寝てるわけじゃないもん」 「意外」 「失礼では?」 遺憾の意。目をこすると優世くんがミントタブレットをくれた。なかなか大きい粒が掌の上に転がる。辛そうだ。でも眠気を払うにはちょうどいいかもしれない。お礼を言って口に入れたら、すぐに口内で強烈な清涼感が爆発した。 唸って口を半開きにする。ちょっと驚いた顔をされた。 「そんなに辛くないやつだぞ」 「おれ、炭酸とかも口の中痛くてあんまし飲めないんだよね。か弱いのかも。優しくしてね」 「吐き出すか?」 軽口の方はスルーされたけれど、口内事情は気にかけてくれるらしく、顔の前に手が差し出された。でも、たぶんなにも考えてないよね優世くん。その手の上にじかに吐き出せってこと? ワイルドすぎる。
うっかり口からタブレットが転がり落ちてしまわないように手で塞ぎながら首を振る。 「大丈夫。おかげで目も覚めたし。ありがとう、優世くん」 優世くんはじっとおれの顔を見てから大丈夫ならいいけど、と手を引っ込めた。良かった。
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