ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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朝からミーティングがあるという優世くんと分かれて、ご飯を食べに行く。賑やかな空間で空いた席を探してきょろきょろしていたら同じ班の子が「こっち空いてるよ」と声をかけてくれた。
(ほとぎ)くんという子だ。

「ありがとう」
お礼を言って腰かける。余市くんともう一人、新名くんという名前の子が同じテーブルにいた。彼も同じグループ。

「おはよう、朝霧」
「うん、おはよう」
余市くんは朝から元気だ。新名くんの方は、口をもぐもぐと動かしながら目を細めておれに笑いかけた。新名くんは生徒会長推しの子。
缶くんと新名くんとは、合宿の班が一緒になってから初めて会話するけれど、思ってたより拒絶されてる空気がなくて結構自然に話してくれるからおれも普通に話せている。クラスでよく体験するあの無言の気まずさみたいなのがなくて良かった。
そんなことになってたら、おれを誘ってくれた余市くんに悪いし。

「朝霧は、教科どれにした?」
「古文だよ」
「あー、じゃあかぶんないね。俺は現文」
「俺と新名は数学だしな」
合宿といえど勉強をしないわけではないらしく、中日の今日は四教科の補習がメインだ。それぞれ希望する科目を事前に申請している。国語なら現代文と古文、社会科なら現社と歴史という風に同じ教科の内でもクラスが分けられている。
今のところとくべつ苦手なものもないかわりに得意な教科もないおれは、あまり考えずにコースを選んだ。

「そっか。ええと、残念? だね」
言葉に迷って首を傾げながら言う。すぐにべつに余市くんたちは残念でもないだろう、と思ったから訂正しようとしたけれど、「うん、残念」と余市くんが自然に応じた。優しい。あとコミュニケーション能力が高い感じがする。
おれは照れ笑いして目玉焼きをかじった。

そういえばさっき、部屋を出るとき優世くんにもどれを選んだか聞かれたのだが、ふうん、とうなずいておれが聞き返すより前に「じゃあまたあとで」と行ってしまったので優世くんが何にしたのかは聞けなかったのだった。
優世くんはどの教科を選んだんだろう。どれも得意そう。苦手なものとかあるのかな? ないかもしれない。


ご飯を食べ終わったら、それぞれ指定された部屋に向かう。余市くんは同じ国語だからか部屋は隣だった。必然的に一緒に向かうことになって、古文クラスの前でじゃあねと手を振りあった。友だちみたい。
カラカラと引き戸を開けて中を覗くと、もう結構人がいて、みんなクラスとか友だち同士とかで固まって座っているみたいだった。クラスメイトのかたまりを見つけたけれど喋ったことない子かおれを避けてる子しかいなかったから近づくのはやめておいて、おれは空いていた廊下側の席に座った。
隣の席も前も空いてるから、ちょうどいい。おれを避けたい子も避けやすいだろう。

ペンケースからシャーペンを取って、手慰みにくるくる回す。一時期、香くんとどっちがすごいペン回し出来るかって遊んでいたことがあるから、ペン回しは意外と暇潰しになるのだ。
難しい技をやってみようとしたとき、後方から声が上がった。

「敷島! こっち空いてるよ」
ぱっと顔を上げると、出入り口のところに優世くんがいた。同じクラスだったんだ。
さっきの声は、昨日見た生徒会の子らしかった。呼ばれた優世くんはさっさとそっちに行くものだと思ったのに、足を止めたままくるりと何か探すように室内を見回した。
目が合う。優世くんは、そのままこちらに歩いてきた。
え。もしかして今、おれを探したの?

「翠、」
え? え? と驚いているうちに空いていた隣の机に優世くんが手を置いた。そして、ものすごく真っ直ぐにおれの目を見て、「ここ座っていいか」と言う。
それはもちろん、いいに決まってるけれど。
口を開けて目を合わせたまま、かくんと頭を動かす。優世くんはおれが戸惑っていることに気が付いているだろうに、ともかくもうなずいたのを見て取ると、頓着せず隣に座った。
「あの、えっと。優世くん?」
「なに」
「後ろの子、呼んでたよ?」
後ろに視線を投げると、生徒会の子は真顔でじっとおれを見ていた。おおお。なんで優世くんじゃなくておれを凝視するの。ぱっと逸らして隣を見る。
優世くんはちょっと考える顔をした。

「席、前の方がいいから」
優世くんの動向をうかがって少し静かになっていた教室に、その声はよく響いた。
ああ、なんだそういうことか。みたいな空気が広がる。優世くんは頬杖をついておれと目を合わせた。そして、おれにしか見えない角度でにやっと笑う。
共犯者めいた、といういうよりはもっと子供っぽい、二人でしたいたずらを内緒にしとこうねとこっそり顔を見合わせたときのような表情だ。たぶん、前がいいからっていうのは本当の理由ではないのだとそれで悟る。

だって、前の方の席ならまだ他にも空いている。なのにわざわざおれの隣を選んだ。友だちに声をかけられても、おれの所に来てくれた。昨日、おれが仲良くしたいって、人前でも避けたりしないでって言ったから?
優世くんがみんなのところにさっさと行ってしまっていたら、おれはきっと寂しくなった。一人でも平気って思ってるけれど、友だちといられるならいたいに決まっている。だから、優世くんのその顔をみて、とっさに「すきー!」って飛び付きかけた。踏みとどまれたおれはえらい。



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