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あたたかな日差しのなか、大きくて丸いパンをまふまふと頬張るおれのとなりで、優世くんはサンドイッチをゆっくり咀嚼している。
「それで足りるの?」 「これがある」 大丈夫だ問題ない、みたいな感じに見せられたのはゼリー飲料だった。優世くんは、もしかして食に興味がないタイプなのだろうか。 生徒会で忙しそうだし、なにより成長期だし、もっとしっかり食べた方がいいのでは。思ったし、言いかけたけれど、そういうふうに生活のことに口を出すのはあまり良くないかもしれない。お節介だ。とは言え、友だちの心配をするのは悪いことではない、はず。おれはお世話を焼かれると嬉しい。 でも、おれが好きだからといって、優世くんが同じである根拠はないよなあ。そんな調子でじぶんの考えをフォローしてみたりそれに反論してみたりを頭の中でくりかえしていたら、すっかり口も手も止まっていたらしい。
「食べないのか」と声をかけられた。 電池切れのおもちゃみたいに、動作の途中で中途半端に停止していたおれを、優世くんは不思議そうに見ている。我にかえって、いそいで食事を再開した。 ふかふかでほんのり甘いパン。おいしい。
「翠」 「んん?」 「口。ついてる」 おっと。男らしく食べ過ぎてしまった。ぺろっとくちびるを舐める。 「そこじゃねえよ」 「どこ? ここ?」 鼻を鳴らした優世くんが、親指でおれの口元を撫でた。ほんのすこしだけくちびるを掠めた指はひんやりしていて固かった。
「あり、がとう?」 びっくりして語尾が疑問符つきみたいになった。焦った気分で、おれはポケットティッシュを引っ張り出して、優世くんの指を丁寧に拭う。 中身を全部だしてしまったレジ袋に、パンの入っていた袋と一緒に使ったティッシュを捨てて、紙パックに入った緑茶を手に取った。一瞬だったのに、くちびるに自分のものとは違う温度と感触が残っているような気がして、それがなんだか照れくさくて、ぎゅっと口元を引き締めながら紙パックにストローをさす。 優世くんもサンドイッチを食べ終えて、ゼリー飲料を飲み始めた。優世くんの食事は作業のようだ。苦手な食べ物はなさそうだけれど、同時に好きだと思う食べ物もなさそう。
おれが喋らないと優世くんも喋らないから、ちょっとの間沈黙が落ちた。無口ではないようだけれど、必要なこと以外はあまり話さないタイプの人なんだと思う。 おれと香くんたちは毒にも薬にもならない話ばかりするから、行儀が悪いと思われるかもしれないけれど、こんなふうに食事中に静かになったりしない。
「―あのね、優世くん」 「なに」
優世くんが少しでも鬱陶しそうにしたらすぐに止めようと心に決めて、口を開く。話すのは香くんたちのこと、カイくんがまた少し大きくなったこと、現代文の授業でいつも寝てしまうことなんかで、とくべつな繋がりも、深い意味もない。 でも、ともかく会話だ。話していれば優世くんがどんな人かもっと分かっていくだろうし、優世くんの言動に必要以上にびっくりすることも減ると思う。なにより、喋らずに仲良くなるのは難しいから。
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