ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



34




おれの席は、変化なく窓際の一番前だ。お昼に差し掛かった時間で、日当たりは良好。紙をめくる音や、シャープペンシルで字を書く音がするだけで、教室内は静かだ。
暖かな日差しを感じながらうつらうつらと微睡んでいると、黒板の上にあるスピーカーからチャイムが鳴り響いた。静かだったせいか、普段より大きく聞こえたそれに目を開く。眠い。パイプ椅子に座って教室内を見ていた先生が立ち上がる。
「はい、終了です。筆記用具置いて。後ろの人、回収してください」
おれは答案用紙を見下ろして、裏表の記名を確認した。よし、大丈夫。
気を抜いて頬杖をついたところで、後ろから歩いて来た人がひょい、と机から答案用紙を回収していった。この時間で、中間テストはぜんぶ終わりだった。
越智くんに促されていつもより量を食べたはずの朝ごはんは、がんばって頭をつかったせいですっかり消費されている。おれは情けない音で鳴いたお腹をおさえて、ふわーとあくびをした。


課題の提出や終礼を終え、ようやく解放される。
ご飯をどうしようか考えながら教室を出たところで、ぐっと二の腕の辺りを掴まれた。不意をうたれたおれは、声も出ないままおれを引き留めた手の持ち主を振り仰いだ。
「翠」
呼ばれて、その顔を認識したとたん、体から力が抜けた。おれを掴んだのは優世くんだった。

「おわー。びっくりした」
「悪い」と返す顔はとくに悪びれていない、というか不思議そう。驚かせるつもりはなかったみたいだ。怒るようなことではないから、おれはすぐに気を取り直す。

「テストお疲れさま、優世くん」
最後に会ったのがテスト期間前だったから、久しぶりな気がする。会えて嬉しい。優世くんはおれの顔を窺うように見つめて「ちゃんと書けたか」と問う。
「そこそこかな。優世くんは?」
「俺も、そこそこ」
たぶん、優世くんのそこそことおれのそこそこはレベルがちがう。へははー、と笑ってから握られたままの腕をみて、ちょっと引っかかりを覚えた。
「あれ? もしかしておれのこと待ってた?」と浮かんだばかりの疑問を口にする。

出てきた瞬間に捕まえられたのだ。用があったのかもしれない。優世くんは、頷くような首を傾げるようなあいまいな仕草をした。
「――飯、一緒に食うかと思って」
「えっ」
「前に言ってただろ。……嫌なら」
「たべるたべる、たべるよっ」

掴んでいた手がさっと離れて、声のトーンが低くなる。その調子の変化で、はじめておれはさっきまでの優世くんの声にちょっぴり親しみのようなものが込められていたことに気が付いたのだけれど、優世くんが言いきる前に急いで意志表明をしなければいけなかったので、それに感動している余裕はなかった。
離れた手をこちらから掴みなおして一生懸命に主張したかいあって、優世くんは口をつぐんで、逸らしていた目をおれに向けた。それから一瞬の間の後にうんとうなずいて満足げに少し目を細めた。
な、なにーー?もう、可愛いね?? おれが断るかと思ってあんな『言ってみただけですけど?』みたいな態度になったの?

「嬉しいなー、優世くんとご飯。誘ってくれてありがとう」
そんな予防線を張らなくても大丈夫だよ、と伝えたくてあえて言葉にして笑いかければ、「別に」とスンとした顔でそっぽを向かれた。素直じゃないな。



前にも聞いていたとおり優世くんはお昼は食堂より購買派だ。おれもたいていそうだから、なんの不都合もない。一緒に購買に行って、それぞれ食べるものを買ってからちょっとこちらへ、とおれは優世くんのそでを引っ張って人の邪魔にならない隅に寄った。
「なに」
「どこで食べよっか?」
優世くんはさあ、というように首を捻ってから「静かな場所が良い」と言う。

「優世くん、いつもはどこで食べてるの?」
「生徒会室が多い」
「へー、生徒会の人はみんなそう?」
「いや。俺と、副会長くらいだ。会長も結構来るけど」
ふうん、と相槌を打ちながら、どこか静かで人気が無くて、いい感じの場所がないか考える。そうするとある場所が思い浮かんだ。

「じゃあ、今日はおれの好きなところで食べよ!」
天気もいいし、気持ちいいと思う。

優世くんは、この間とは違ってどこに行くのかとは一言も尋ねずについてきた。辿り着いたのは、校舎の裏手を少し行ったところにある温室のようなサンルームのような場所だ。
植物がたくさんあってあたたかくてきれいなので、おれのお気に入りの場所なのだ。教えてくれたのは香くんだけれど、香くんはサンルームで食べるなら外でもいいだろ、むしろ外の方が好きという考えなので、ここはもっぱらおれが一人でのんびりするときかお昼寝するときに来るところになっている。

「きれいだよねー」
少し奥まった場所にある椅子におさまったおれは、ぐるりと周囲を眺めている優世くんに賛同を求めてみる。
「園芸部が整えているからな」
優世くんはひとり言のように呟いて、足元の蔦をまたいでこちらまで歩いてくるとおれの隣に腰かけた。
「もしかして、入っちゃいけない場所だったりした?」
「まさか。ここは生徒のための場所だし、立ち入り禁止なら最初から施錠されてるだろう」

それもそうだ。しかも、ダメな場所なら入る前に優世くんが引き留めてくれていただろう。
おれは安心して背後のガラスに背中を預けた。


prev / next



34/36