ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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優世くんは、意外なくらい聞き上手だった。声音はいつも通り、素っ気ないくらいなのに、相槌の感じも話の促しかたもたまに挟まれる質問も、全部おれの話をちゃんと聞いてくれていることがうかがえた。
嫌じゃないんだって分かったら、もともと最低限なおれの遠慮は消え失せる。嬉しくなって、目覚ましが何回も鳴らないと起きられないしまったく気が付かないときもあるなんて話までしたところで、
「もうすぐ合宿だろ、大丈夫かよ」と優世くんが少しおかしそうに言った。
おれは口を半開きにしたまま動きを止める。

「……どうした?」
「あ、うん、ちょっと忘れてた。合宿のこと。わー、やだなあ」
そういえば、そういうものがあった。来週だったか、再来週だったか。とにかくもうすぐだ。
考えなしに言ってしまってから、あ、と口を押さえる。そういえば、生徒会の人たちがいろいろすると聞いていた。準備を頑張っている人の前でただ漫然と過ごしているやつがそんなことを言うなんて、ちょっとアレだ。気分を害してしまっても一つもおかしくない。
おれは反省して、謝るつもりで優世くんをみたけれど、優世くんはこっちを見ずに「なんで」と言う。
怒っているようには見えなかった。跡が残るのではと心配になるほどの、あの眉間のしわもない。問いかけてはいるけれど、視線はゼリー飲料のパックに印字された成分表に向いていて、理由に俄然興味があります、というふうではない。さっきまでのちょっとした相槌と変わらない調子だ。おれは肩の力を抜いた。

「……だって、二人部屋でしょ? 俺と同室になりたい人なんかいないもん。気まずいんだろうなあって」
おれが、というか相手が。それでその「気まずいな」って空気を感じ続けると、おれは居た堪れなくなってくる。教室でも時々あることだ。みんなが止むを得ずおれと会話をしなくちゃいけないときの、あの雰囲気。
あからさまに嫌そうにはしないけれど、おれに話し掛ける前に他の人と視線を交わしたり、ぜったいに軽口はなかったり。気付かなければ楽なのに、気付いてしまうから嫌な気持ちになる。構わずいつも通りに、友だちといるときみたいに振る舞えばいいのだろうとは思うけれど、つい、素っ気ないというか「つーん」って感じの態度をとってしまう。
するとみんなはもっと気まずくなる。悪循環だ。分かっているのにできないから、おれは自分のこと、お子様だなあって思う。

まあ、どうにもできない気まずさくらい、もう行くと決めているのだから我慢するし、今に始まったことでもない。つまり、これは要するにただの愚痴だ。優世くんのあんまり興味がなさそうな態度への甘えとも言う。
だからこの話は終わり! と言うつもりですぐに横を向いたら、優世くんはなにか考えるように空中を見ていた。あれ? おれの声、聞こえていました?

「優世くん?」
「なら俺と同室になるか?」
「へ?」
「うちのクラス、奇数だから余るし。翠のクラスもだろ」
唐突な提案に、話を聞いていなかったのではなくて話を聞いて考え事をしていたのかと思い至る。おれはあわてて質問に対して首を縦に振った。

「あ、うん、確か」
「Cクラス以降は偶数だったと思う。一人ずつ余るからって言えば、大丈夫だろ」
「えぇ、でもそんな……いいの?」
戸惑うおれに、優世くんはなにか問題でもあるのかという顔をする。
「なにが。三人部屋を二つより、二人部屋を一つ使う方が施設側にもいいだろうし、教師も文句は言わないだろう」
「そういうことじゃなくて、優世くんは、俺と同じ部屋でいいのってこと。クラスの人と交流とか……」
「おれは中等部からここにいる。もともと特別親しいやつはいないし、これを機にクラスメイトの誰かと仲良くなりたいとも思わない」

はっきりきっぱりだ。優世くんがいいなら、おれには得しかないので、いいのかなあと思いつつ首を縦に振ったら「じゃあ決まりだな」と優世くんは満足そうだった。
いいのかなあ。


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