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見覚えのある場所にきたところで天耀くんとは別れた。友だちだからな、と天耀くんに促されて有難く連絡先を交換したのだけれど、そのときおれは香くんからメッセージが届いていたことにはじめて気が付いた。 ばいばい、と手を振って歩きだしてから確認してみると『逃げたな』と恨み節から始まりお詫びにアイスを買って部屋に来いという要求で文は締められていた。お詫びって、そういうふうに強要するものじゃないんだよ、香くん。
今日はまっすぐ自分の部屋に帰って事なきを得ようと思っていたのだけれど、行かないと香くんが拗ねてしまうだろうから、先見の明があるおれは大人しく帰る前にアイスを買いに行った。 香くんはフルーツ系のアイスが好きだ。どうせだからみんなとおれの分も買って袋をがさがさと揺らしながら香くんの部屋に行く。 呼び鈴を鳴らすと、ドアを開けてくれたのはあっくんだった。
「すい。お帰り」 「ただいま、あっくん」 あっくんに笑いかけてから、部屋の奥に向かって「アイス買ってきたよ、香くん!」と声を上げる。 「ご苦労」と尊大な返事が聞こえた。殿様か。
「すーいー! 越智がいじめるよー」 部屋に行くと、机には教科書とノートが広げられていて、その上にだらりと腕を乗せた慎くんがおれに泣きついてくる。向かいに座る越智くんは心外そうに顔をしかめた。 「お前があとで大変にならないように手を貸してやってるんだろうが」 「それは有り難いんですけど! お気持ちは嬉しいんですけど! 人間、無理なことってあると思うの!」 うええん、と泣き言を言う慎くんは本当にちょっとだけ目が潤んでみえた。おれがいない間にずいぶん頑張っていたようだ。おれは慎くんの隣に腰を下ろして、机にくたりと預けられている頭をなでなでした。
「慎くん、頑張って偉いね。今日を含めてまだ3日あるし、焦らずやろうよ、ね? おれ、アイス買ってきたからちょっと休憩しましょ?」 「すい〜」 大きな目がうるうる。慎くんはお顔立ちが可愛らしいから、そういうのも似合うと思う。
「はっは、だっせ。慰められてやんの」 香くんはおれの持ってきた袋をごそごそと探って、おれが香くんにって選んだアイスを引っ張りだしながら意地悪く笑う。もう、香くんはー、とおれが咎める視線を送ってもしれっとしている。馬の耳に念仏。 「越智くんとあっくんもお疲れさま。みんなアイス好きなの選んでね」 「あー、ありがとうな、すい」 越智くんは拝むようにこちらに両手を合わせた。なんのなんのですよ。
勉強道具は一旦脇に避けて、みんなでアイスタイムだ。おれはチョコとバニラのミックスソフト。こぼさないように慎重に食べ進めていると、香くんがそういえばさ、とおれを見た。 「お前なんでまだ制服なん」 「香くんがアイス買ってこいって言うから急いで帰ってきたんだよ」 「いや、もう部屋に帰ってると思ってたし。居残りでもしてたか?」 あっくんがそうなの? という目でおれを見るのでぷるぷると首を振る。
「帰ろうとしたら先生にお手伝い頼まれて、準備室に荷物運ぼうとしたんだけど迷子になってさ」 「え、大丈夫だった? すい。うちの校内ちょっと入り組んでるもんな」 「でたよ、方向音痴」 心配してくれる慎くんとにっこり笑う香くんの落差よ。
「大丈夫だったよ。連れて行ってもらったから」 「誰に」 「天耀くん」 「天耀くん?」 聞き返す声が四人ぶん、綺麗に重なった。それから皆が顔を見合わせて口々に言い合う。
「誰だ、天耀くん」 「知らない」 「なんか聞き覚えある」 「風紀委員長だろ?」 最後に言った香くんに、おれはこくこくと頷いた。
「そー。風紀委員長。ちなみに、この間道案内してくれたのも天耀くんだったよ」 「あ? あの野球部がどうこうってやつ?」 「そうそう」 「あーわかった、確かにあの人、野球部感ある。甲子園出場して注目されるピッチャーな」 ぱん、と膝を打って笑う香くん。おれは嬉しくなってそうそう! と体を揺らす。慎くんたちは全然わかんねえと苦笑している。ここに兄弟の共鳴を見た。
「まあ、ともかく助けてもらえたなら良かったよ」 「すい、迷子になったら俺を呼んで」 越智くんに肩を叩かれ、真剣な顔のあっくんにお礼を言っていたら「すい、垂れる垂れる!」と慎くんにアイスを指差される。 溶けかけたアイスがコーンから溢れそうになっていた。
「方向音痴だし食うの下手だし、すいはまじですいだな」 あわててかぶりついたアイスを口一杯に頬張るおれを見ながら、香くんはご満悦だ。 なんか失礼くない? それ。香くんもそういうとこまじで香くんだよ。口を開けないから言わないけれど。
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