ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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天耀くんはぜったい年下に好かれる。後輩にも、慕われているんだろう。

「こうやって話してると、お前が年上と仲良い理由が分かるな」
考えていた内容と、似たような言葉を天耀くんが口にする。何を感じてそう言ったのかおれには分からなかったけれど、褒められていると解釈しておく。ところで、
「天耀くん、おれのこと知ってたんだ」
「ん、ああ。春休み前に朝霧と話したとき、弟が入学するって言ってたから。あいつらと一緒にいるお前を、あれが弟だなって認識はしてた」

うわさとかではなくて、香くんから直接聞いたのか。

「香くんと面識あるんだね」
「まあな。ときどき、注意ついでに話す程度だけど」
「注意……」

そういえば、天耀くんは風紀委員会の部屋に用があったというわけではなさそうだった。自分の教室から出てきたときみたいな……というか、あれ? 中から委員長って呼ばれて応えてたような気がする……?

「つかぬことをおうかがいしますが」
「うん? どうした急に改まって」
「天耀くんは風紀委員会の委員長さん?」
「そうだよ」
びっくりして、さらりと答えた天耀くんの横顔をまじまじと見つめていたら、また新たに気がついたことがあった。

「じゃあさ、天耀くん、入学式のとき講堂の入り口に立ってた?」
「ああ、そうだけど。よく覚えてるな、そんなこと」
それがどうしたと言いたげな視線を受けながら、おれは心の中でぽふりと手を打った。はじめて天耀くんに会ったときにもあった既視感は気のせいではなかったのだ。
おれにネクタイを締めるように注意した、風紀委員。あの人が天耀くんだった。すっきりである。それにしても、なんとなくでもよく覚えてたなあ、おれ。顔覚えるの苦手なのに。

ほあー、と息を吐くおれに、天耀くんは変な奴だなと言う。失敬な。言い返そうとしたけれど、階段にさしかかったからおれは口をつぐんで意識を階段に向けた。
落ちた日から、階段では集中して慎重に歩くことにしているのだ。よそ見はしない。

「―ねー、天耀くん」
階段を上りながら、視線を足元に向けたまま声をかければ、「どうした」と反応がある。
「天耀くんのこと、友だちって思っていい?」

四階に到着したところで振り向いて尋ねると、天耀くんははた、と目を瞬いた。
上がり気味の眉と切れ長の双眸。やっぱり、イケてる野球部員という感じだ。甲子園で、イケメンピッチャーとかって話題になりそうな。天耀くんは豪速球を投げそう。

「いいよ」
返事は簡潔で、ためらいの欠片もなかった。顔が勝手に笑顔になる。
「へへー。ありがと、天耀くん」
「礼言うようなことじゃないだろ」

言い方は若干ドライだけれど声が優しいし、おれに向けた表情が微笑ましげなので、おれの嬉しさに陰りはない。止まっていた歩をふたたび進める天耀くんを追いかけて、さっきまでのように隣に並ぶと、天耀くんはこちらを見ずにぽんぽんとおれの頭に手を置いた。そういうことすると、なつくよ、おれ。



「ほら、着いた。ここだよ」
「わー。長いお使いだったなあ」
「お前が迷子になるからだろ」
ごもっとも。
天耀くんが開けてくれた戸を潜って、中に入る。狭い空間に雑多に物が置かれている。おれは中央にあった長机の上に段ボールを置いた。
天耀くんは、同じような収納ケースが集められているところに肩に掛けていた二つを下ろす。

「俺はこれから職員室に行くけど……、一人で帰れるか? 玄関まで送ろうか」
「そこまでしてもらわなくて大丈夫。でも、途中まで着いていってもいい?」
「ああ」
お礼を言って、準備室を出る。窓の外を見れば、灰色の雲のすきまから光が筋のように差し込んでいる。天使のはしごだ。ぼうっとそれに見とれていたら、天耀くんに「行くぞ」と声をかけられた。
こちらを振り返って待ってくれていた天耀くんに急いで駆け寄る。雨はいつの間にか上がっていた。


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