ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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敷島くんはそのあともすりガラスにひびが入っているとか、なんでこんなものが倉庫にあるんだとか、マットが得体のしれない液体でじっとりしてて気味が悪いとかぴりぴりしながら、備品の点検という本日のお仕事を頑張っていた。
昼休みに時間をけずってまで生徒会のことをやって、文句も言わずにいたこのあいだの敷島くんよりずっと人間ぽいというか年相応だ。だからおれはつい、敷島くんが何かに悪態をつくたびにけらけら笑ってしまって「笑うな」と怒られつつ、ボールの数をかぞえたりと地味なお手伝いをちゃんとやった。
たぶん、仕事をすること自体にはまったく不満はないけれど、物が雑に扱われたり後始末がされていなかったりとかいった状態が嫌いなんだなって、ちょっと敷島くんのことが分かったのでおれとしては有意義な時間だった。


「はー、面白かった」
「面白くない」
倉庫を出ると、日はすこし陰っていた。にこにこしているおれとは対照的に、敷島くんの眉間には深くしわが寄っている。
若者なのに、そんなしかめ面ばかりしてたら跡が残ってしまう。

「まあまあ。よく頑張りました! 敷島くんはいいこだね」
あっくんがするみたいに頭を撫でようと手を伸ばしたけれど、届かなかったから代わりに肩をぽんぽんする。
「なんで偉そうなんだよ」
きりっとした眉を片方だけ上げてこちらを見下ろす敷島くん。それ、おれも思ったけれどさー! 今度はぜったい頭をなでなでしてやろうと心に決めた。
気を取り直して、カイくんのところに行こう。敷島くんもご一緒にね。

「よしっ、今日のお仕事終わりだよね?」
「ああ」
「じゃあ、行こ。ピリピリな敷島くんが癒されるところだよ」
なんだそれ、と言いつつも大人しくついてきてくれる敷島くんを伴ってカイくんのいる、寮監室のそばを目指す。ひょいと最後の角を曲がると、出入り口の前にある数段の階段の上にお座りしたカイくんと目があった。今日もかわいい。
「猫だ」
「そー。猫ちゃんだよ、敷島くんっ。お名前はカイくん。カイくーん、会いたかったよぉ、にゃあにゃあ」
おれは弾むような足取りでカイくんに近づいてしゃがみこんだ。人慣れしているカイくんは逃げることなくおれがやってくるのを見守って、差し出した手に鼻を寄せる。
「……お前も鳴くんだ」
敷島くんは、隣に来て同じように屈んだ。呆れた感じではなくて、やけに神妙な顔をしてそう呟くから、ちょっとおかしかった。

「ほら、カイくん、敷島くんにこんにちはにゃー」
カイくんの前足を片方やさしく持ち上げて、ぷにっと敷島くんの脚に当ててみた。カイくんは最近灰色みが増してすこし金色も混ざってきた丸い双眸で新入りさんを見つめる。
敷島くんがそっと手を伸ばして、カイくんの耳の辺りをくすぐるとその手に頭を擦り付けた。あいかわらず、人懐っこい。たまらん、可愛い。

「小さいな」
「うん、このあいだまで目も青かったんだよ」
ゆらりゆらりと揺れるカイくんのふわふわ尻尾がおれの手の甲を撫でていく。顔がゆるんで治らない。へへへ、と笑いながらその魅惑のふわふわにじゃれていると、カイくんはぺしっと一度尻尾で手を払ってからこっちを振り向いた。「仕方ないなあ、かまってあげるよ」とでも言っているかのような仕草だ。
「おれのことも構ってくれるのー? カイくんは優しいなあ」
でれでれした声になっているのが自分でもよくわかる。敷島くんに呆れられるかもしれないけれど、ねこ好きって言ってたからたぶんおれの気持ちも理解してくれるはず。

「ん、なあに? カイくん」
おれの膝に小さな前足が乗ってカイくんがぐっと体をこちらに伸ばしたので、どうしたの、と顔を近づけたら、濡れた鼻先がちょんと唇に当てられて目を瞬く。
「―わーっ。敷島くん、見た? ねえ、いまカイくん、おれにちゅーしてくれたよ!」
「……、―可愛い」
「ねっ! そうでしょー」
小さな一言に興奮しながら顔を上げたら、なぜかすこし驚いてるというか不可解そうというか、もしくは失言でもしたみたいというか――、とにかく「ねこちゃん可愛いなあ」という表情ではない敷島くんと目が合った。

「なんでそんな険しいお顔?」
びっくりして問いかけると、ふい、と視線が逸れる。
「なんでもない。カイは誰かが飼ってるねこなのか? 寮でのペットの飼育は禁止されてる」
敷島くんは軽く首を振ってから話題を変えた。おれは慌てて、座ったままだけれどぴんっと姿勢をただした。


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