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昇降口から出て、校舎の裏を軽い足取りで進んでいく。舗装されていないから短い草が地面を覆っていて、歩くたびにさくさく音が鳴って耳に心地いい。 「朝霧」
まっすぐではなく、わざと草があるところを選んで歩く。 そういえば、入学式より前にお昼寝した桜の樹のところ、あれ以来行ってないな。行こうと思ったらちゃんと辿り着けるのだろうか。 「おい。朝霧」 「へ?」
リュックの肩紐を握ったまま振り返る。ちょっと呆れたような顔をした敷島くんが立っているのを認識しておれは一気に嬉しくなった。
「敷島くんだ。何してるの?」 ぱたぱたと駆け寄ると、「お前が何してるんだ」と言われる。 「ん?」 「ふらふら歩いてただろ」 「ああ。草踏んでたんだー」 珍妙なものを観察する目で見下ろされる。うーん、ちょっと慣れてきたな、この反応にも。
「さくさく言うでしょ。おれ、その音好きなんだー」 はあ、と頷いた敷島くんは片手にクリップボードを持っている。またお仕事かな?
「それで、敷島くんは?」 「倉庫の点検にいく」 「そんなのもするんだねえ」 「お前はどこ行くの」 おれは「んん、」と喉を鳴らして、上目遣いに敷島くんを見た。
「敷島くん、このあとずっと仕事?」 「―いや、今日は備品の点検だけで終わりだけど」 質問に答えずに問いかけるおれに、敷島くんは怪訝な顔をしつつも答えてくれる。 「ねこすき?」 「は?」 「すき?」 「……まあ」 「じゃ、いっしょに行こ!」 空いてる方の手を取って軽く引く。
「は、おい、どこに?」 ちょっと動揺した声に笑って、「まずは倉庫!」と返す。
「……、倉庫の場所知ってるのか」 意外なことに、手を振り払われることも、先導するみたいに歩き出したことに文句を言われることもなかった。代わりに二十メートルくらい進んでから、黙っていた敷島くんはようやく口を開いてそう言った。 おれはちょっと考えてから、はっとして敷島くんを振り仰いだ。
「しらない!」 「だろうな。そっちじゃない」 おれが校舎沿いに曲がろうとしていた方向は間違いだったらしい。たしかに、ここを曲がったら寮の裏手だし、おれはカイくんに会いに行くときよくここを歩いていくけれど倉庫なんか見たことなかった。 足を止めたおれを敷島くんが追い越して、反対の方に向かう。おれがしっかり握っているからか、手は離されないままだ。高校生にもなった男二人が手をつないで歩くのはたぶん人が見たら変にみえるだろうけれど、おれはそういうのまったく気にしないからね。気にしてたらともだちに遠慮なく甘えたりしない。敷島くんがどうなのかは分からないけれど、怒らないし嫌って言われたわけでもないからいいや。
「一緒に来るなら手伝えよ」 うん、と首を縦にふってから、敷島くんは前をむいたままだから声を出さなくてはいけないことに気付いて、「もちろんですよ」と返す。
「お前が連れていきたい場所は」 「それは行ってからのお楽しみー」 ねこが好きなら、ぜったい喜んでくれる。カイくん見て嬉しそうな顔する敷島くんとか、すごい見てみたい。ちゃんと笑った顔も見たことないから、なおさら。
倉庫に到着すると、敷島くんが頑丈そうな引き戸を開けた。おれはうしろから中を覗き込む。体育や部活で使う器具なんかを保管しているらしかった。中は薄暗くて、すりガラスから差し込む光に空中のほこりがきらきらと光っていた。
「ほこりっぽいねえ」 「喘息とか、平気か」 「だいじょうぶ」 答えながら、バスケットボールを入れたキャスター付きの籠を覗き込む。取り出したボールは表面の印刷はちょっとうすくなっているけれど、軽く弾ませてみると、ちゃんと跳ねるし手が滑る感じもなくてまだまだ使えそうだった。 こんな外の倉庫ではなくて、体育館の方の体育倉庫に置いておけばいいのに。ふしぎに思っているとこっちを見ていた敷島くんが少し目を眇めた。なんというか、不愉快そう。
「やっぱり嘘か」 「え?」 「バスケ部からボールがどれも劣化してるから買い替えろって要請があったらしい。こっちの倉庫ならわざわざチェックが入らないとでも思ってたんだろうな」 唾棄するように言う。おれはボールをそっと籠の中に戻した。 「なんでそんな嘘つくの?」 「これは人口皮革で、買い替えるように言ってきたのはプロも使ってるような天然皮革のやつなんだよ。」 ボールの違いなんて、おれにはよくわからなかったけれど天然の方がいいやつで値段も高いんだろうなってことは分かった。
「前回の購入からそう何年も経ってなかったからおかしいと思った」 呟きながらクリップボードに挟んだ紙になにか書き記す敷島くん。 つまり、バスケ部の人達はまだ使えるボールを外の倉庫に隠して、劣化したって嘘をついて新しくて前より良いものを買ってもらおうとしたってこと? とっても短絡的でむしろ微笑ましいくらいだけれど、予算とかいろいろ決めている生徒会の人からしたら怒りたくなることだなあと思う。
たぶん、会長さんとかに叱られるんだろうな、バスケ部さん。 あらら、と首をかしげていたら、敷島くんに声をかけられたのでおれはちゃんとお手伝いを頑張ることにする。
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