ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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開いた口から、灰色の煙がふありふありとたちのぼる。
「すい、寝転がって吸うとあぶねえよ」
目で追っていたその煙は天井に届く前に窓から吹き込んだ風に押されて消えてしまった。
越智くんに注意されたので、気の抜けた返事をしつつとろとろ体を起こす。あっくんが差し出してくれた灰皿ですっかり短くなった煙草を押し潰し、あくびをする。

よく晴れた五月の空が、窓の外いっぱいに広がっている。のどかだ。ゴールデンウィークは、みんなと遊びにいったり実家に帰って地元の友だちと遊んだりしているうちに、あっという間に過ぎてしまった。
学校はなんとなく、五月末の中間テストに向けてお勉強モードだ。まあ、おれの周りにいるみんなは全くそんな雰囲気ではないのだけれど。

「そういやさあ、一年の合宿もうすぐじゃね?」
スマホでゲームにいそしんでいた慎くんがふと顔を上げて言った。あー、と香くんが気のない声で応じる。
「もうそんな時期だっけ」
「テスト終わりだからな。六月の頭だろ」

おれは言葉を交わすみんなにきょろきょろと視線を動かした。あっくんがどうしたの、というようにこっちを見てゆったり目を瞬いた。
「合宿って、なんのこと?」
「えっ、すい、知らないの?」と慎くん。

「うん、おれ知らない」
「まだ説明されてないんだな」

一つ頷いた越智くんが言うには、毎年高等部の一年生は一学期のあいだに二泊三日の交流合宿をやることになっているらしい。生徒会執行部が主宰を担い、一年生が外部生とか内部生とかの隔たりなく仲良くなることを目的としている、とかなんとか。交流。仲良く。

「うえー?」
へにゃっと眉が下がって、情けない顔になったのがじぶんでもわかる。だって、普段から避けられぎみなのに合宿って! それってあれでしょ、班をつくったり寝る場所も誰かと同じでとか、そういう。おれをもて余して困るクラスメイトの様子がかんたんに頭に浮かんでしまうね。かといって、仲良くしたいと思ってるわけでもないのに、へりくだって「仲間にいれてー」とお願いするのもいやだし。

「サボる?」
うぬぬ、と唸っていたおれは、ソファーの肘掛けに頬杖をついて「サボればいいじゃん」と続ける香くんに目を向けた。

「いきたくないけど、こんな理由でサボるのはちょっとなぁ」
「お前は稀に真面目になるね」
言って、香くんはちょっと優しい笑いかたをする。おれの返事がお気に召したらしい。

「合宿所のまわりはけっこういい感じだから、すい、気に入ると思うよ。散歩好きだろ?」
「そうそう、周りの奴なんかほっといて楽しんでこい。飯も美味いぞ」
「寂しくなったら俺に連絡してね」

慎くんも越智くんもあっくんも、それぞれおれに言葉をかけてくれる。
「うん。ありがとー、みんな」
嬉しくなって顔を綻ばせると、よしよしと頭を撫でられた。


***

翌日、担任がホームルームの時間に合宿について話した。まずは概要だけと言った感じだ。日時やかんたんなスケジュールを記したプリントが配られて、教室は楽しげな空気に包まれる。
おれはなるようになればいいやー、とほとんど内容を確認していないプリントをファイルに挟んでリュックにしまった。放課をしらせるチャイムが鳴ってからもしばらく続いた話がやっと終わる。

寮がすぐそばにあるからか、中学のときみたいにだらだらと居残って駄弁る人はほとんどいなくて、教室は比較的すぐに人気がなくなる。誰もいない教室の雰囲気が好きなおれは、とくべつ用事がないときはのんびりゆったり帰り支度をして、ぼやーっとする。気を抜くとつい寝てしまって、見回りの先生や香くんたちからの電話に起こされることもある。でも、今日はカイくんのところに行くって決めているから、いつもほどたらたらはしない。
カイくんのことは、越智くん以外も知っていて、みんなで一緒に会いに行ったこともある。あっくんはカイくんをお腹にのせてじゃれてるおれのことをすごく撮影していた。安定している。



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