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午後八時半の共同浴場には、おれたち五人以外誰もいない。モーゼ効果だ。香くんが共同浴場を使用するかどうかはまったくの気まぐれなのに、慎くんが言うにはこの時間はいつだってほとんど人がいないのだという。 前までは、思い立ったときに入りに来て、中にいた人達が蜘蛛の子を散らすように退出していくという現象が起こっていたけれど、自分達も嫌だし周りも嫌だろうという良識ある越智くんの提案で毎度決まった時間に使用するようにしていたら、こうなったらしい。
避けられてるんだっていうのを実感するのは、おれとしてはちょっと複雑な気持ちだけれど、香くんは「超快適」とむしろご満悦だ。さすがの傍若無人。 「っつっても俺らが完全に独占してるわけじゃないからね。俺らのこと気にしてない人たちはむしろこの時間によく来るよ」 そっか。確実に空いてるんだもんね。おれは何回か来てるのに他の人に会ったことないから、共同の場所なのになってちょっと気にかかってたんだけれど、それならいいか。避けたい人は避けられるし、気にしない人は自由に出来るんだったら大した問題でもないだろう。
「じゃ、一人で来るときもこの時間しよーっと」 おれのこと嫌だって思ってる人におれが配慮すべきなのかどうか分かんないけど。でも人少ないの嬉しいし。そっちの気持ちを優先する。
「すい、こっち使うときは俺を誘って」 「いや、一人でのんびりしたいときもあるだろ。篤史、あんまりべったりだとすいに嫌がられちゃうよ。『あっくん、うざーい』って」
隣で湯につかっていたあっくんの発言に、洗い場から立ち上がった慎くんがちょっと意地悪な笑顔でつっこみを入れる。
「『あっくんとおれのパンツ一緒に洗わないで!』とかな」 浴槽のふちに頬杖をついた香くんが便乗して、そばにいた越智くんが吹き出した。
「おれ、そんな女子中学生みたいなこと言わないよ」 というか、もともとパンツは一緒に洗ってない。抗議しながらあっくんを見ると、愕然とした顔で固まっている。わあ、想像でショック受けてる。
「あっくーん? 大丈夫だよ、おれ、あっくんとパンツ一緒に洗ってもいやじゃないよ」 「フォローすべきはそこじゃないと思うぞ、すい」 越智くん、笑いすぎでは。 あっくんが「良かった……!」と復活したので、フォローするところがずれていたってオッケーだ。
「でも実際、構いすぎってのは冗談じゃないからね。なあ、すい?」 「うーん。おれ、嫌なことは嫌って言うからねー。あっくんはあっくんがしたいようにしたらいいと思う」
控えるとかほどほどとか気にしてたらやりにくいもんね。慎くんが気にかけてくれてるのはよく分かるので、そこは優しい大好きという感じだけど、今のところあっくんへの対応は困っていない。
「相変わらずさらっとドライだよな、すいは」 相変わらずってどういう意味かな、越智くん。とりあえず唇に指をあててちょっと首をかしげ、『すい、なんのことかわかんなーい』という演出をしてから顎先までお風呂に沈んだ。おれは平気で可愛い子ぶるタイプ。
ふうとお湯の温かさに心地よく息をついたとき、話の切れ目を狙ったように向かいに座っていた香くんが、ちょっと身を乗り出しておれの顔を覗き込んだ。 「てかさぁ、すい、今日なんかあった?」 「うん?」 「なんか嬉しそうじゃん」 言われて、むにむにと自分の頬をもんでみる。嬉しそう、かな? 嬉しいことがあったといえばあったけれど、顔に出てる?
「敷島くんに遭遇したんだー」 「へえ」 「あー、助けてくれたって言ってたやつ?」 そうそう、と慎くんに頷いてみせる。
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