ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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結論付けたところで、おれはくるりとドアを振り返った。ちょうど教室から出てこようとしていたお兄さんが、「どうかしたか」と不思議そうにおれを見る。

「お兄さん、おれの教室ってどこ?」
「は? ――もしかして迷子か?」
「うん。おれ、教室に辿り着けないと思う」
素直に頷くとため息をつかれた。

「学校で迷うなよ……」
「それは無理があるよ。おれ、ぴかぴかの一年生だし」
「パンフレットに地図があっただろ?」
「そんなの読まないよ」
お兄さんは、それもそうだなという顔をした。ような気がした。それから左腕の時計に目を落とすと、おれの背中に手を添えてくるりと方向転換させた。

「教室棟はこっち。お前が向いてるのは反対だよ」
「ほー」
「教室まで送ってやるから、急ごう。もう時間が」
ない、と続けた声に被せるように予鈴が響いた。まだちょっと慣れない、中学とは高さの違う音。わー、予鈴鳴ってるーと意味もなく頭上に視線を向けていたら、そのまま背中を押されて歩き始めさせられた。

「間に合わなかったらちゃんと先生に、迷子になってましたって言うんだぞ」
「えぇー」

なんか恥ずかしくない? 寝てたら遅れちゃいました、じゃダメかな。

「えー、じゃない。嫌なら俺が代わりに言う。その方が恥ずかしいと思うよ」
確かに。迷子になってたので送り届けましたとか言われたら、先生に生暖かい目をされそう。
わかった? と念を押してくる人を目だけで見上げてしぶしぶ頷く。

「でも遅刻しないように連れてってくれるでしょ?」
この人のことは全然知らないけれど、なんとなく思ったままにそう言う。背中に添えられたままの手の温かさを、カーディガン越しに感じる。その手の主は一瞬だけこっちを見て、「そのつもりだ」と応じた。頼もしいね。

そのあとは早足のお兄さんに誘導されるまま廊下を右に曲がったり左に曲がったり。こんな遠いの? と驚いたけれど、なんとか本鈴が鳴る前におれにも分かる辺りに来られた。おれ、歩くの遅いからこれはおれの背中をぐんぐん押し続けたお兄さんに花丸印だ。おれがてれてれ歩くの知ってたんです? ってくらいずっと背中押されてたからね。

「――ほら、もう分かるだろ」
「うん、分かる。ありがとう、お兄さん」
あとは廊下を右に曲がるだけ、というところでお兄さんの手は背中から離れた。足を止めた彼を振り返って見上げる。

「どういたしまして。もう迷子にならないように地図だけでも見ておけよ」
地図を見ててもあんなに右に行ったり左に行ったりじゃ、やっぱり迷子になると思う。言いかけたのを止めて、素直に首肯した。

「迷子案内お疲れ様です。」
「うん。ほら、せっかく間に合ったんだから、もう行って」

肩を掴んでくるりと方向転換させられる。この人、ものすごくナチュラルにおれを動かすね。

「お兄さんも、遅刻しないでね。」
「大丈夫だよ」

お兄さんはちょっと笑って、早く行けと手をひらひらさせる。おれはもう一度お礼を言って手を振ってから教室に向かった。
Bクラスの教室に入るのと同時に本鈴が鳴って、お兄さんは本当に遅刻しなかったかなとちょっと心配になった。

「あ。名前聞き忘れた」


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