ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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敷島くんとは、渡り廊下の手前辺りで別れた。
「足元、気を付けろよ」と去り際に言われて、一瞬、それがこの間のことを皮肉っているのかそれとも純粋な気遣いや心配の類いなのかと考えた。で、いい方に解釈することにした。さっき勘違いでしょんぼりしてしまったから、学習したのだ。悪く勘違いするより良く勘違いする方が良くない? って。

「うん、気を付ける。またね、敷島くん」
へらっと笑ったおれを、敷島くんは三秒くらい真顔で見つめてから、「またな」と返してくれた。

ちょっとは仲良くなれたんじゃないかなあ。すくなくとも、おれは相変わらず敷島くんに好印象を持っているし、敷島くんも、おれのこと悪くは思っていないと思う。こいつと話すの楽しいなとか思ってもらえるようになれたら嬉しい。
一人でにまにましながら廊下を歩く。目的地はとくに決めていなかったから、適当なところで発見した、使われていなさそうな空き教室にお邪魔した。鍵がかかっていないからたぶん入っちゃダメなとこではないでしょ。
カーテンを開けて窓を開けて、いちばん日当たりのいい席に腰掛ける。ずっと腕にひっかけてゆらゆらさせていた袋から、メロンパンとミネラルウォーターのミニボトルを取り出す。

飲み物は、水が一番すき。口の中に後味が残るのがあんまりすきじゃないから、自分で選ぶときはいつも水を選ぶ。
よく買うメーカーのミネラルウォーターは、ちょっと甘くて口当たりがとろっとしていてお気に入り。
香くんは水なんてどれも同じだろって言う。分かってない。でもおれに飲み物を買ってきてくれるときはおれがすきなメーカーのを選んでくれるから文句もない。
メロンパンを食べきって、お腹が満たされると当然のように睡魔がやってくる。ゴミをまとめて後ろのゴミ箱に捨ててから、壁の時計を確認する。授業まであと20分はある。おれはスマホのアラームを設定して、迷いなく眠りに落ちた。



ぐらっと体が揺れた気がした。さっき閉じたばかりのように思える目を開いて、咄嗟に身構える。視線の先には、片手を中途半端な位置にあげた人。その人はほとんど飛び起きたようなおれの勢いに目を丸くしていた。揺すり起こされたということに気が付いて、一気に体から力が抜ける。
ああ、びっくりした。

「だれ?」
目を擦りながら尋ねると、相手は気を取り直したように表情を引き締めた。

「もう予鈴が鳴る。ここから教室は少し遠いから、もう戻った方がいい」
そう告げる彼に、うっすらと既視感のようなものを覚えた。おれはその原因を探ろうとじっと見返した。体格や制服の着慣れ具合からいって、確実に上級生。チャラさはないけれど、顔つきがちょっと鋭くて、なんとなく野球とかしてそうな感じ。知らない顔、だと思うけれど、どっかで見たような? という感覚が抜けない。
寝起きのせいで思い浮かばないのか、単なる気のせいなのか。考え込んで反応しないおれに、その人はちょっと怪訝な顔をした。
「……聞いてるか?」
目の前で軽く手を振られてまばたき一つ。まあいいか。

「聞いてた」
「そうか。じゃあもう戻って」
「はあい」
結局誰か分からないし、なんでそんな風に促してくるのかも分からない。とりあえず言われていることは正しいので、おれはいい子の返事をして立ち上がった。この人も早く戻らなきゃいけないんじゃないかなと思ったけれど、おれが気にすることでもないだろう。

せっかく目覚まし合わせたのに気がつかなかったなぁ。あるあるだよね。
スマホの画面を確認しつつドアをくぐる前に、「起こしてくれてありがとう」と見知らぬお兄さんに手を振った。相手の反応を見ないまま廊下に出て、さて、と左右を見果たす。

「……、はて。」
顎に手をあて首を捻る。どこだろ、ここ。
そういえば、生徒会室には敷島くんのあとを考え事しながらついていっただけだし、そのあとも敷島くんが「じゃあな」って言ったところで別れただけだし。

さてはおれ、迷子だな?


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