ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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そのまま特に言葉を交わすことなくてくてく歩いてしばらくすると、敷島くんが一つのドアの前で立ち止まった。

「ここ」
「へー、こんなとこにあるんだねぇ、生徒会室」

学校定番の引き戸ではなくて、ちょっとしっかりした造りの茶色いドアだった。すぐ隣にはなぜか木彫りの鷹が台に載って設置されている。イメージ的には校長室っぽい。中学のときの校長室がこんな感じだった。中に入ったことはないから知らないけれど。

敷島くんは器用に荷物を抱えたまま、片手で学生証を取り出して、ドア横の読み取り器に滑らせた。電子音とやや重い解錠音。扉を開くと、敷島くんは先に入るようおれを促した。きょろりと見回しながら中に足を踏み入れる。

「ほー」
「どうした」
ためらいなく奥へ進んでいって、一つのデスクの傍の床に荷物を下ろし、おれを振り返る。おれは差し出された手に素直に荷物を渡した。

「生徒が使う部屋じゃないみたい」

おれの素朴な感想に対して「この学校の生徒会は、特別だからな」と返ってくる。生徒会所属の人が発する言葉にしては、ふしぎなくらい誇らしさとか自負とかいうものが薄く感じられた。敷島くん自身は特別だとは思っていなくて、ただ客観的意見をそのまま口に出したみたいだった。
「それじゃあ、敷島くんはすごい人なんだね」
だからおれも、特別な生徒会にいるきみもすごいんだね、って客観的な事実を述べたつもりだった。でも、顔をあげた敷島くんがなんとも言えない顔をしたから、「おれ的に敷島くんは優しいツンデレくんだからあんまり実感ないなあ」ととっさに言うつもりがなかった本音をぺろりしてしまった。

おっと、と口をおおって、敷島くんを窺い見る。

「なんだそれ。」
素っ気ない口調で目を背けられたけれど、特に気分を害した様子ではなかったから一安心。というか、すごい人って言ったときの方が反応良くなかったよね?
なんでだろう、やっぱり照れ屋さんだからかな。

ううむ、と考察していたらやることを済ませたらしい敷島くんに「出るぞ」と促された。おれは素直に敷島くんを追いかけて生徒会室を出た。

「ねー、敷島くん?」
「なに」
「お昼はいつも食堂?」
「購買」
タッチパネルで施錠をしている背中に話しかけると、それがなに? というように見下ろされる。おれはにっこりと笑顔を返した。

「一緒に食べよ」
「無理だ」
即答! 無理かー。そっかー。ふわっと浮いていた気分が空気のぬけた風船みたいにしぼんで、ついわかりやすくしゅんとした態度を取ってしまった。敷島くんは、肩を落としたおれに向き直って、一度開きかけた口を閉じてぐしゃっと自分の髪をかき回した。

「――ちがう」
「え?」
「嫌ってわけじゃなくて、ただ、この後もまだやることあるから。」
きょとんとして、敷島くんを見上げる。渋い顔だ。おれは数度まばたきを繰り返してから、ゆっくり頷いた。そういえば敷島くんは、「嫌」じゃなくて「無理」だって言ったんだった。

「そっか。残念だけどそれなら仕方ないよね。嫌だって言われたんだって勘違いして、へこんじゃった。ごめんね」

早とちり、良くない。この間も敷島くんはおれと喋りたくないかもとか考えちゃってたし、おれ、ふだん能天気なくせにたまに卑屈になるくせでもできたのかな。同い年の子と仲良くなりたいと思うのが久しぶりだから調子がくるってるのかも。
ひどいこと言われたみたいな態度をとって、敷島くんに申し訳ない。謝ると、敷島くんはちょっと驚いたみたいな顔をしてからふいっと目をそらした。

「別に」
あ、また「別に」って言った。
「ね、嫌なわけじゃないんだったら、今度誘ったら一緒にご飯食べてくれる?」
ふふっと笑いをかみ殺しながら、敷島くんの注意を引こうと袖をちょいちょいっと引っ張る。
敷島くんはものすごく眉間に皺を寄せたけれど、事前に嫌というわけではないという言葉を本人の口から聞いたおれはそれくらいではひるまない。返事を催促するように袖を掴んだ手をゆらゆらしてたら「伸びるだろ」という苦言とともに腕が引っ込められた。そのまま歩き出した敷島くんのとなりに小走りで並んで、にやけながら顔を覗き込む。


「ブレザーは伸びないよー。ねーねー、敷島くーん」
「うるさい、黙れ」
「黙れはひどくない?」

辛辣な言葉に文句を言いながら、笑ってしまった。敷島くんもちょっと笑ったような気がした。
「気が向いたらな」
確認しようとしたときにはそのかすかな笑みは消えていたけれど、代わりにさっきの問いかけに対する答えが得られたからよしとしよう。敷島くんはやっぱり照れ屋だと思うし、ツンデレだと思う。



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