ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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怪我をしてから一週間とちょっと。足は、思ったより早く治った。というか、動かしても痛くなくて、腫れてもいないから治ったということにしている。
改めてお礼を言いたいのと、仲良くお話する仲になりたいという下心もあって、一度休み時間にさりげなくAクラスを覗きに行ったけれど、敷島くんの姿は見当たらなかった。男のおれでもうわあって思うくらいには見た目のいい人だったので、居たら探すまでもなくすぐに分かっただろうから、タイミングが悪かったんだと思う。

購買で買ったものが入った袋をゆらゆらと揺らしながら、昼休みの廊下を歩く。今日は一人でご飯を食べてそのままお昼寝でもしようと考えていたから、皆は一緒ではない。
目的の場所を目指してゆっくり足を進めていたら、等間隔で並んでいる引き戸の一つが、ちょうどおれが通り過ぎようとした瞬間にがらりと開いた。びくっ、と大袈裟に肩が跳ねてしまった。
「びっくりしたぁ」と片手を胸にあてながら戸の方に視線を向けてまたびっくり。

「――、朝霧」
腕に中身の詰まった重たそうな段ボールを抱えた相手は、おれと同じように驚いた顔をして、おれの名前を口にした。

「敷島くん」
ちょうど思い出していた人が現れるなんて、なんという偶然だろう。

「久しぶり、また会えたねぇ」
「ああ」
笑いかけると、真顔で頷く。おれはちらりと彼の足元に視線を投げた。

「それ運ぶところ? ―手伝おうか?」
たぶん、今から運び出そうとしていた段ボールは腕に抱えたひと箱だけではなかったのだろう。そこには三つほどやや大きめの箱が積まれていた。視線をあげて教室名のプレートを見た。第三資料室とだけ書かれている。敷島くんは軽く頭を振った。

「一人で運べる」
「手伝いは迷惑?」
「……迷惑ではないけど」
「じゃ、手伝うよ」

迷惑じゃないならいいじゃんと思って、ちょっと口ごもった敷島くんに、押しきり気味に言う。敷島くんは、何か戸惑った様子で逡巡してから頷いて、小さく「助かる」と呟いた。その言い方がなんだかぎこちなくて少し気になったけれど、おれはただ笑顔を返して身を屈めた。
持ち上げた段ボールはずっしりとした重量だ。たぶん入っているのは本だろうな、と当たりをつける。よいしょ、と段ボールを揺すり上げたおれを、じっと見下ろす二つの目。

「足は。」
「うん?」
「もう治ったのか」
「あ、うん。おかげさまで。もう痛くないよ」
「そうか。二つ持てそうか?」
「うん、いけるいける」
「じゃあ、今持ってるのはここに重ねてくれ。そっちのが軽いから、その二つを持ってほしい」

言われ、一旦持ち上げた箱と、床にある残りの二つを見比べる。別に軽いやつじゃなくても大丈夫なのになあ。思ったけれど、そこで主張を通して事を長引かせる方が敷島くんにとって面倒だろうなと判断した。
素直に重たい方の箱を敷島くんが持つ箱の上にのせ、改めて床の二つを持ち上げる。

「どこに運ぶの?」
「生徒会室」
「おっけー」

生徒会。これもお仕事のうちなのかな。一人でやるには量が多いと思う。こっち、と促す敷島くんに大人しく付き従って歩いていく。まだ昼休みになったばかりだ。敷島くんだって、まだご飯を食べていないだろうに、先にお仕事をしているらしい。真面目だからか単にすべきことは先に済ませるたちだからかはわからない。
そういう、ちょっとしたことを知りたいなって思う。でもわざわざ聞いたりはしない。おれは仲良くなって、徐々にどういう考え方をしてどういう行動をする人なのか知っていく過程が好きだから。敷島くんとも、きみはそういう子だよねって思えるくらい仲良くなりたい。
端正な横顔を窺いながらそんなことを考えていたら、敷島くんがちらりとこちらを横目で見た。

「悪いな。……往復の手間が省けて助かった」
「いいよいいよ、全然。」

顔がほころぶ。さっきの、「一人で運べる」って言うのは、事実だったと思うけれど遠慮でもあったんだなって。食い下がってみて、良かった。


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