ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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「触り慣れてるな」
「じいちゃんのとこで、飼ってるから」
ああ、と頷いた越智くんは優しい目でころりと転がったカイくんを見つめている。
「越智くんちには、ねこいる?」
「いや。飼いたいけど、母親がアレルギーあるから飼えないんだよ」
「えー。それは残念だね」
「まあな。」

おれの手になでられることに満足したのか、カイくんはふいに体を起こして越智くんのほうに向かい、あぐらをかいているその脚の間で丸くなった。

「かぁわいい……。このきまぐれさ、癖になるよね」
「わかるわー」

カイくんが目を閉じたので、おれは邪魔をしないように見つめるだけに留めておく。越智くんは後ろに手をついて上体を逸らした。眩しそうに、すこしだけ目を細める。きらっと光ったものにおれの視線は吸い寄せられた。

「越智くん、越智くん」
「んー?」
「ここのピアスって、自分であけたの?」

自分の眉の辺りを指さしながら聞く。耳以外にピアスをあけている友達は、越智くんがはじめてだ。好奇心がむくむくする。越智くんはちょっと笑って、シルバーのピアスを撫でた。

「そうだよ」
「まじかぁ。耳より痛かった?」
「ちょっとはな。すいは、一個も開けてないんだったか?」
「うん、」
答えを待たずに気まぐれに伸ばされた手が、おれの右の耳たぶを撫でた。びっくりして「びゃっ」と声が出た。越智くんは目を丸くして、すぐにぶはっと吹き出した。

「なんだ今の声! 尻尾踏まれた猫みたいだったぞ。すい、耳弱ぇの?」
「急に触るから、びっくりしただけですけどっ?」
にやにやしながらまた触ろうとする越智くんの手を捕まえて阻止する。おれより手が大きくて厚い。いいなあとちょっと気を取られかけたけれど、耳をまた触られるわけにはいかないので気を引きしめ直す。

「はいはい、嫌なんだな」
触ってはならぬ、と目に力を込めて見返すと案外あっさり引いてくれた。
越智くんが香くんみたいな人じゃなくてよかった。香くん、息も絶え絶えになるまで擽るタイプだから。そういう性質の慈悲はないのだ。

「で? すいは開ける気ないのか」
「うん、たぶんあけないね。俺、ちょっとでも痛いのやだ」
自分から痛いことするとか無理すぎる。想像するだけで痛そうで、おれは両耳を覆ってぷるっと震えた。

「あー」
納得したというような声をあげた越智くんは、「すいはそんな感じだな」と頷く。

「でも越智くんみたいにいっぱいアクセサリーつけてるのもかっこいいなーって思う。」
「おっ、まじで。―よし。それならすいにはこれをやろう」
ささっと手慣れた仕草で首の後ろに手を回して留め具を外したネックレスが目の前に掲げられる。シンプルで格好いいと思う。それがおれの膝の上に載せられた。

「え、くれるの?」
「うん、あげる」
「あ、でも、おれ若干金属アレルギーなんだよね……」
ネックレスとかしてたら、皮膚が赤くなる。

「そうなの? 大変だな。でもこれはチタンだからたぶん大丈夫だろ。つけられるぞ」
「ちたん?」
「そう。アレルギー起こりにくいらしいぞ? メスとかにも使われてるって聞いたことある」
「ほー」

そうか、メスが金属だったらアレルギーある人の手術できないもんな。感心していたら、越智くんがおれの首にそれをさっさと装着してしまう。早業!

「ほら、似合うにあう」
「おわあ。え、待って。まじでくれんの? 高そうなんだけど」

こんなに気軽に貰っていいものとは思えないのだけれど。遠慮するおれに越智くんは鷹揚に笑う。

「多分、すいが思ってるほど高くないぞ。気が引けるなら、入学祝いってことでどうだ?」
「えー…。越智くん、」
「うん?」
「おれ、すっごい嬉しい。ありがとー」

頭を越智くんの肩にぐりぐりと押し付ける。カイくんを撫でていたのとは反対の手がぽんぽんとおれの髪を触った。

「すいはそうやって素直に喜んでくれるから、ついいろいろしてやりたくなるんだよな」
篤史の気持ちが分かる、と越智くんは言うけれど、あっくんは多分、おれが素直じゃなくてもおれのこと好きだと思うな。ちょっと、そんな図太いことを思ってしまう程度にはあっくんはおれを可愛がってくれている。甘えたら喜んでくれるので、甘ったれのおれとは相性がいいんだよ。

もう一度ありがとう、とお礼を言って、越智くんが首にかけてくれたネックレスのトップを弄る。越智くんがずっとつけていたみたいに、おれもずっとつけておこうかな、と思った。
片目だけを開けたカイくんがおれの方を見て小さな声で鳴いた。


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