ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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顔を洗って、寝起きで収まりの悪いふわふわの髪をそれなりに落ち着かせて、スマホと財布だけもって部屋を出た。食堂にごはんを食べに行く。

一人用の、窓に面したカウンター席に座って注文した春雨サラダを食べる。中華スープを堪能していたら、スマホがぶるっと振動した。一瞬だけの振動だったけれど、固いテーブルの上だったからががっとそこそこ大きな音が鳴る。行儀悪くスプーンを咥えたまま、勝手に点灯した画面を覗き込んだ。

曰く、香くんたちは体育館にいるそうだ。
バスケでもしてんのかな? というか、休みの日なのに体育館空いてるの? 部活で使われてるものだと思ってた。来いって書いてあるけれど、おれは怪我してるから見てるだけになっちゃうし、どうしようかな。
少し考え、食べ終わるのと同時に今日の自分の行動を決めた。のんびりしたいから、体育館にはいかずに散歩でもしようと思う。一応、リハビリのつもり。その旨を香くんに伝え、食堂を出る。

よく寝たので眠気はないけれど、今後のために快適でちょうどいい日当たりの場所を探したい。外で寝るのって、すごい気持ちいい。夏になると熱中症とかが心配だから、日向ぼっこしつつ外で寝るのは春と秋だけの特別なのだ。

「すい」
探検気分で寮を出たら、すぐに越智くんと出くわした。
「越智くんだ。香くんたちと一緒じゃなかったの?」
ひらっと手を振ってこっちに歩いてくる越智くんを、足を止めて迎える。

「うん。動き回る気分じゃねえから、別行動」
「そっかあ」
「すいは? どっか行くのか?」
「どっかっていうか、散歩しようかなって」
「ふうん。――すいって、猫好きか?」
一瞬視線を宙にやった越智くんは、ふと思いついたふうに聞いてきた。脈絡がないし、意図も分からなかったけれど、素直に頷く。
「うん、すきだよ」
「そうか。なら、子猫見に行く?」
「えっ、行きたいいきたい」
「よし。じゃあ、行こう。足は大丈夫か?」
「だいじょうぶー」

促されて歩き出す。寝場所を探すのはまた今度でいいか。こねこが大優先だ。
少し前を行く越智くんは、寮の壁に沿って奥に歩いていく。

「越智くーん。ねこ、どこにいるの?」
「寮監室のそば。」
「ふうん。寮監さんが飼ってるねこ?」
「飼ってるっていうか、餌と屋根を提供してる感じなんじゃねえかな。天気が悪い日以外は自由にさせてるし」
春休みの間に親とはぐれて弱っていたのを寮監さんが助けたのだそうだ。越智くんは、そのねこのことを思い出しているのか、機嫌がよさそうに笑いながら話す。
越智くん、ねこ好きなんだな。不良とねこ。定番の組み合わせだ。越智くんの見た目のおかげで微笑ましさも割り増し。おれはくふふ、とばれないように笑いをこらえた。

そして建物の角を曲がると、細く開いたガラス戸の傍で丸くなっている生き物が目に入った。ふわー、とおれの口から勝手に声が出る。
白っぽい灰色のふっかふかの小さな塊が、近づいていくおれたちに反応してひょいと頭を持ち上げた。まだ目が青くて、首の細いこねこだ。

「なんて可愛さだ……」
「だろ? 名前、カイっていうんだ。カイー、元気かー」

にっこにこの越智くんが、丸い目でじっと見上げてくるカイくんの前にゆっくりとかがんで指を差し出し挨拶をした。くんくんと指の匂いを確かめたカイくんはその指にすりっと耳を擦りつける。
か、かわいいー。おれはその愛らしすぎる姿から目を逸らせないまま、ふらふらと越智くんの隣にしゃがんだ。足首がちょっとだけ痛むので、そのまま地べたに腰を下ろしてしまう。

カイくんのキトンブルーがおれを向く。おれはきゅっと唇を引き結んで、手を差し出した。越智くんにしたのと同じようにくんくんと匂いを嗅いでから、カイくんはちろりとおれを見上げて指を舐めた。うぐう、とうめき声が出た。

「ぺろんちょされてしまった……」
「よかったな、お眼鏡にかなったみたいで」
「ふふ、うん。可愛いなあ、なつっこいんだね」

そうっと顎の下をくすぐってみたら、目を細めてもっと触りたまえというように顔を押し付けられた。許可を貰えたので、顎から頬、耳、首の辺り、体、ともっふもふ撫でていく。毛がやわらかくて少し長めだ。子猫の毛ってどうしてこう膨らんだ感じなんだろうね? まさしくこの世で最も愛らしい毛玉。マイナスイオンに取り巻かれている。



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