ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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「香くんも、ありがと。おれは香くんの自慢の弟ってことだね」
香くんがあんなふうに言ってくれたのは嬉しかった。でも素直に感謝するのはちょっと照れるのでそう茶化すと、「ぼけ老人が自慢の弟とか、ねえわ」とこちらもひねくれたお返事。
おれはぷっと口を尖らせた。

「おれが老人だったら兄貴の香くんは大老人じゃん」
幼稚園児みたいな反論をしたとき、ドアをどんどんと叩く音がした。
「俺はお前みたいにぼけてないから」

にやっと片頬をあげた香くんが、ドアを開けに行く。そして、誰が来たのか分かっていたみたいに、訪問者の顔を確認するよりもはやく「インターフォン押せっつってんだろうが」と言った。
「俺、ここのインターフォンの音嫌いなんだよねー」
悪びれずに中に入ってきたのは慎くんだった。なおも文句を言う香くんに笑いながら、慎くんは何気なく室内に顔を向けてきょとんとする。

「なんで篤史はすいに抱き付いてんの?」
「すいは可愛いから」
「あらそー」
聞いておいて興味がなさそうな相槌だった。それもそうだろう。あっくんは、一日に一度はおれに可愛いと言うのだから。

ぎゅっとされている体勢が辛くなってきたので、あっくんの背をぽんぽんと叩く。あっくんはちょっと残念そうにおれを見詰めてから、体を離して座り直した。表情じゃなく雰囲気で感情を伝えてくるあっくんって、ちょっとすごいと思う。

「越智くんは?」
一緒に来たのかと思ったら、やってきたのは慎くん一人だった。
「あいつは明日、数学の小テストだから勉強するんだって」
慎くんはとても他人事っぽく「大変だよね」と言う。越智くんと慎くんって、同じクラスなんだよね?

「そうなんだ。さすが越智くんだねー」
越智くんは、見た目こそかなり素行不良っぽいけれど、おれが見た限りでは、みんなの中で一番真面目なんだと思う。しっかりしてるし、授業をさぼったりもしないらしい。「ちゃんと課題だせよ」とか香くんたちのことも叱ってたりするし。

「あれ、すい、足どしたの? 怪我したん?」
買ってきたお菓子をテーブルに広げていた慎くんが何気なくこちらを向いて、おれの足を覆う包帯に気がついた。勝手にポテトチップスの袋を開けながら、香くんはふふん、と鼻で笑った。

「寝ぼけて階段から落ちたんだとよ」
「まじか、可哀想! でも、ちょっと理由がまぬけだなあ」

哀れみと笑いが半々の顔だ。香くんよりは優しいので笑われても気にしない。まぬけと言う言葉にむむ、と唇を歪めると、ごめんごめんと笑顔のまま謝られた。

「捻挫か? 痛い?」
「うん、捻挫。今はあんまり痛くないよ。」
「そっかあ。早く治るといいね」
「うん、ありがと」

切実に早く治ってほしい。怪我の理由を聞いたら越智くんにも笑われそうだし、なによりふつうに恥ずかしいもん。



***

日曜日。起きて、時計を確認したら一時だった。一瞬、夜中の一時かと思ったけれど、こんなに明るいはずがない。昼だ。午後一時。昨日は十時にはベッドに入ったのに。良く寝た。
怪我をしてから三日くらいは香くんのとこに押し掛けていたけれど、腫れも引いてきてもう固定はいいかなと思ったから昨日からは自分の部屋で寝ていた。寝転んだままヘッドボードに置いていたスマホを手探りで見つけて、電源を入れてみる。
「飯は?」と香くんから一言だけのメッセージが来ていた。一時間ほど前だ。おれが反応しないので寝ていることを察してくれたんだろう。そのあとは特になにもない。いまおきた、と返事を送信してベッドから出た。

スウェットをぽいぽいと脱ぎ捨てて、ジーンズと緩いTシャツに着替える。顔を洗おうと部屋を出たら、リビングにはルームメイトくんがいて、物音にこちらを振り返った。

「……今起きたの?」
「―そーですけど」

とても怪訝な目で見られ、つい無愛想な返事をしてしまう。ルームメイトくんは他には何も言わずに視線を外した。ルームメイトくんの名前は浅田くんと言うらしい。クラスはCだったかDだったか。同じクラスではない。同じ部屋で生活をしはじめて一ヶ月近く経ってもおれたちの間の会話はさっきみたいに短い。
おれもちょっとは気まずいなあと思うから、寝室が分かれていてほんとによかった。浅田くんは、見た感じは特筆すべきことはない普通の子っていうかちょっと地味めな感じの人。で、なんか初対面のときからおれのことを嫌いっぽい。

クラスメイトたちの「とりあえず関わらないでおこう」っていう雰囲気とも違っていて、どちらかというと「お前みたいなタイプの人間、無理なんだよね」って感じ? なんだかなぁとは思うけど、まあ相容れない存在っていますしね。
浅田くんにとってはおれがそうなのかなということで、やっぱり放置。越智くんたちが言っていたとおり、同室者と仲良くなくても問題はなさそうだし。




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