ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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寝起きでふらふらする。後ろを向くと、上級生がずらっと座っていて、全校生徒と先生をすべて納めることができる講堂の大きさに感心してしまった。ほんと広い。なんか劇とかコンサートとかできそうなくらい広くて立派。前の人についててろてろ歩いて、二年生と三年生の間の通路を通りながらなんとはなしに視線を巡らせたら、結構近くに見知った顔を一つ見つけた。慎くんだ。
向こうもおれに気付いて手を振ってくれたので、へらっと笑って小さく振り返した。若干、なに手振ってんだこいつという目を向けられた気がしたので、そのあとは澄ました顔でちゃんとまっすぐ歩いた。

入るときは外からだったけれど、今出てきたところは廊下だった。校舎とつながっているらしい。この大きな講堂にプラスして体育館とかもあるんでしょ。まじ広い。この学校。ついでに寮もとても広い。2人部屋と言っても普通に寝室は別々だし。
学費がものすごく高いというわけではないから、なんでこんなにリッチなのか謎だ。

教室に着くと、黒板にはられた座席表で自分の席を確認する。
クラス発表の時点で知ってたけど、おれは出席番号一番だ。窓際の一番前。小学校でも中学校でもたいてい一番か二番だったから、おなじみの場所だった。よっこらせ、と椅子に座る。先生が来ていないからか、席についている人はあんまりいなくて、みんな楽しそうに雑談している。
誰かに話しかけてみるべきか否か。起きたばかりなので明るく元気に話しかけられるテンションではない。でも、一人で黙りこくっているのもどうだろう。
頬杖をついてうだうだ考えていると、「えっ朝霧ってあの―」とおれの名前が聞こえた気がした。え、なになに? と顔をあげて声のした方を見る。教壇の前に集まっていた数人がこっちを見ていた。
おれが何かを感じたり思ったりする前に全員からささっと顔を背けられてぽかんとする。え、そういうことをしてしまう……? え、おれの名前言ったよね? なんだかとっても感じ悪くないですか……?

困惑したけれどじろじろとその後ろ姿を見ているわけにもいかないので、おれも視線を自分の机の上に戻した。なんか――友達できない気がする。
幸先が悪そうだなあと眉間にしわを寄せていたら、さっきの先生が入ってきて皆を席に着かせた。


「じゃ、編入組もいるし、さくっと二言三言自己紹介しようか。」
そのまま始まったホームルームはぼけっと右から左に聞き流していたが、突然そんな言葉が聞こえてきて顔を上げたら、先生がおれを見ていた。「じゃあ一番の人から」とにっこり笑われる。
あ、自己紹介。おれからか。出席番号一番というのは、こういう貧乏くじが多い。

膝の裏で椅子をずずず、と押して立ち上がる。口を開く前にすかさず「みんなの方向いてな」と指示が飛ぶ。おれが前向いてたら顔見えないもんね。いやだなあと思いながらも振り返ると、びしばしと新しいクラスメイトたちの視線が刺さってくる。いや、自己紹介ってそんな真剣に聞くもの? おれが一番めだからか。

「ええ、と。朝霧翠です。編入組です。……、」
ちょっと斜め上を見て言うことを探したけれど何も思いつかなかったので、そのまま「よろしくお願いしまぁす」と頭を下げて席に着いた。誰からともなくまばらな拍手。あるあるだよね。先生はそれだけ?という顔をしていた。
後ろの人が自己紹介をする。数人分はちゃんと聞いていたつもりだけど、おれは人の顔を覚えるのがあんまし得意じゃないから名前をどんどん名乗られても意味がない。すぐに諦めてぼんやりを再開した。関わるようになればちゃんと覚えるから支障はないと思う。
またちょっと眠くなってきたところで全員分の自己紹介が終わる。

「それじゃあ、明日からよろしく。今日は解散!」

担任の砕けた口調での号令。やっと終わった。おなかすいた。わいわいと騒がしくなった教室で着席したまま、リュックの中に入れっぱなしにしていたスマホを取り出す。
電源を入れるとメッセージの通知があった。昨日連絡先を交換したばかりの慎くんからだ。トーク画面を開くと終わった?と首を傾げているうさぎっぽい生き物のスタンプ。シュールなスタンプだなーと思いながら、一緒に送られてきていた吹き出しに目をやる。
『おつ! 俺らも終わったし迎えに行くから待ってて!』
「え」
ついつい驚きが声に出てしまった。迎えに行くって、おれを? だよね? ここに? まだ残ってる人いっぱいいるし、確実に悪目立ちするでしょ。


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