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食堂とかさっきの講堂で周りを見て思ったんだけれど、この学校、慎くんたちみたいなタイプはけっこう少数派らしい。式の日だからということもあるだろうけれど、制服を着崩している先輩はあんまり見かけなかったし、髪染めてる人はいてもわりと落ち着いた色合いが多くて、越智くんみたいな銀色も慎くんみたいなピンクもざっと見た感じではいなかった。目立つ。おれが自分で行くからどこにいけばいい? と打とうと、スマホをぽちぽちする。
送信ボタンを押そうとしたところで「すーいー」と明るい声で呼ばれた。あ、遅かったか。
ピンクブラウンの髪の毛は遠目でもよく映える。式の終わりにおれが慎くんを見つけられたのもその髪が目を引いたからだ。クラスメイトたちが驚いたように会話を止めて慎くんを注視したので、教室内は一瞬とても静かになった。 慎くんはぱちりと目を瞬いて「あれ? 俺、なんかした?」と一緒に来たらしいあっくんを振り返っている。一年生のクラスに来たら目立つなんて考えなかったのだろう。慎くんはそういうことを気にしなさそうだし。そのきょとんとした慎くんと真顔で首を傾げるあっくんの様子がおかしくて、おれもそんなことはどうでもよくなった。二人はおれを迎えに来てくれたのだ。 軽いリュックを背負って、二人に駆け寄る。
「慎くん、あっくん。迎え来てくれてありがとー。行こ」 「あ、うん。迷うかなって思ったからさ。てか、俺なんかしちゃった? なんであんな静かになっちゃったの?」 「慎くん、髪が目立つからビックリしたんじゃない?」 二人を促して歩き始めながらそう返す。慎くんはそれで納得したようだ。
「今からどこ行くの?」 「食堂。混むから、香たちは先に行って席とってる」 なるほど。確かに同じ方向に向かう人が多い。朝食をとった寮の食堂もごみごみしてたもんなぁ。
そしておれは気付いてしまった。廊下は人が多いのにおれたちは真ん中を何不自由なくすいすいと歩けているのだ。原因は、周りの人がこちらに気付くと道を空けるからだ。人海を割っている。 「あっくんたちモーゼじゃん」 「なんか避けないと暴力振るわれるかもーみたいに思われてるらしいんだよね、俺ら。そんなことしたことないのに」 「歩きやすくていい。でも、一番モーゼなのは香だ」 香くんが一番モーゼ。すごい語感だ。おれのお兄ちゃんはモーゼらしい。 目を見張るべき真実だったけれど、それについて何か言う前にお腹がぐうと鳴った。
「え、すい今腹鳴った?」 「聞こえちゃった? お恥ずかしい」 「いや、あんな盛大に鳴らしといて恥じらうのかよ。」 あははっと声をあげて笑う慎くん。お腹の音の大きさはコントロール出来ないからね。あっくんは眉を寄せて気遣わしげな顔をした。
「すい、朝あんまり食べてなかったから」 「うん、朝は眠くてあんまり食べられない。その分昼はお腹空くんだよね」 食欲がないというわけではなくて、眠くてとろとろ食べていたら時間がなくなってしまうのだ。それを見越してそのとろとろした速度でも食べ終われるくらい少量を食べることにしている。飲み物だけのときもある。
「飴ある。食べる?」 「えっ食べるー」
すぐにご飯だというのは分かってるけどくるくる鳴るお腹に急かされて即答していた。飯の前に甘いもの食うの? と慎くんはしかめ面をしたけれど、あっくんは「血糖値が急激に上がるのを防ぐから、悪いことじゃない」と言ってポケットから出した飴をいくつかこちらに差し出した。血糖値とか急に言われると賢そうな感じがして驚くね。
「どれがいい?」 「えーっと、これ。ありがと、あっくん」 「うん」 「いただきまーす」 もらったマスカットキャンディの包み紙を剥がして口に放り込む。美味しい。美味しいのは寝ることの次くらいに幸せ。 「慎もいる?」 「えー俺はいいや。今飯食う口になってるから」 「そ」 あっくんは自分もひょいと飴を口にいれてから残りをポケットにしまった。それからあっくんを見上げていたおれに視線を向けて頬笑む。おれもへらっと笑い返した。
「越智が言ってたぽやっとしてるって意味、なんか分かったわー」と慎くんが言った。まじで? おれは分からない。
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