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額に、とても冷たいものが触れた。

「……悪い、起こしたか」
きゅっと眉を寄せたら、低い囁き声がすぐ近くでしてぱちりと目を開ける。上から見下ろすようにして、会長がいた。深刻そうな表情を浮かべていることを視認しながら、自分の額に手を当てたら何かが額にくっついていた。

「冷却シートだよ。びっくりしたぞ、戻ったらお前は真っ赤な顔で寝てるし福井は一人お通夜だし」
「―俺、死んでない」
「それは福井に言ってやれ。寝てる間に校医に診てもらったけどな、普通の風邪らしいからちゃんと寝てちゃんと栄養とってちゃんと休めば治る」
「はい」
「心配しただろーが、バカ」

バカ、と罵ったくせに、会長はとても優しい手つきで冷却シート越しに俺の額をなでなでした。じっとその顔を見る。冗談を言っているような口調だが、心配したのは本心だということくらい、さすがに俺も分かった。

「ごめんなさい、神永先輩」
「早く元気になれ」
「うん」
頷いてみせて、それからようやく俺はきょろりと目を動かして自分が寝ている場所を確認した。間接照明の暗いオレンジ色が落ちた部屋は、見慣れた自室だ。

「俺のこと、誰が運んでくれたんですか」
問いかけに、会長は「福井」と端的に答えをくれた。俺はぱちぱちとまばたきを繰り返す。

「……福井くんが?」
聞いておいてなんだが、てっきり会長だと思っていた。

「そ。俺が運ぼうとしたんだけど、あいつが連れてくって言ったからさ。目撃した奴ら、大騒ぎだったぞ」

なにせ皆大好きなお姫様抱っこだったからなあ、と言う会長の顔には揶揄いの笑みが乗っている。福井くんにはとても感謝だが、「お姫様抱っこ」とやらをされている見るに堪えない情けない俺の姿がたくさんの人の目に触れたと思うと、穴を掘って皆の記憶からその光景が消え去るまで穴底で蹲っていたくなった。
新聞部に写真を撮られていないと良いのだが。彼らは生徒会の目立った言動を記事にすることに、大変熱心なのだ。一番地味で影の薄い俺はあまりその対象になることはないのだが、今回はありうる。嫌だ。

しかし熱を出していることに気が付かずにいて、後輩に運んでもらうような迷惑をかけた間抜けな俺が一切合切悪いのである。むぐう、と唸ると会長は快活に笑った。

「新聞が出てもすぐに撤去させといてやるよ。お前が嫌がってるのに、騒ぎ立てたりしないだろ」
「お願いします……」

感謝を込めて言ったそのとき、とんとんと控えめなノックの音がしてドアが開いた。部屋に、光が差し込む。

「神永。話し声がするけど京、起きたの?」
「あ、副会長」
「京! ああ、よかった。目が覚めたんだね。具合はどう? 喉は渇いていない? 気持ち悪くない?」
「えっと、」
「えっ、京ちゃん起きたの!? 京ちゃあん、心配したよお!」

副会長も来てくれていたのか、と驚き、ほっとした表情で重ねられた質問に答えようとしたら、彼の後ろから住田が飛び出してきた。その勢いのまま俺に飛びつこうとしたのを「危ない」と会長に頭を掴んで止められる。

「京ちゃん、京ちゃんっ。大丈夫?」
会長の手をぺいっと払って、住田は俺に顔を近づける。

「大丈夫。心配してくれてありがとう、住田」
「心配するのは当然だよー、ゼリーとプリンいっぱい買ってきたから食べて元気になってね!!」
「買いすぎだったよな」
「レジの人が驚いていたよね」

会長と副会長が言うので、俺は頭の中でどっさりのゼリーとプリンを積み上げてみた。
俺も、去年、住田がインフルエンザにかかったときに同じことをした。会長たちからは、移ると大変だから何度も見舞いに行ってはいけないと言われていたのだが、こっそり行って、供え物のように食べ物を積み上げていたのだ。俺と住田しか知らないことだ。
顔を見ると、案の定悪戯っぽい表情を浮かべていて、くすっと笑ってしまった。

友達との小さな秘密は楽しい。