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「福井は?」
「京用のうどんをね、ゆでてるよ。」

開いたままのドアを振り返った会長の問いかけに、副会長がのんびりと応じた。福井くんもまだ居てくれたらしい。俺用のうどん、と頭の中で繰り返してドアの方をじっと見る。
俺は今日だけで、福井くんにいろいろしてもらいすぎているのではないだろうか。

生徒会の他のメンバーと違わず、彼もまた格好良くて頭もよくて性格まで優しい、前世でどんな徳を積んだのかと聞いてみたいような人物だというのに今世でまで善行を重ねるとは、来世はもう人間ではなくなるかもしれない。後輩が神様の仲間入りをしてしまう。

そんなことを考えていたら、視線を向けていたドアの向こうからひょいと福井くんが顔を出した。開いたドアをノックしようとしたらしく片手が持ち上げられていたが、そのままの姿勢で目が合って一瞬動きが止まる。そしてすぐに手を下ろして会釈をしてから彼はこちらに足を踏み入れた。

「京先輩、具合はどう? もう夜だけど、食べられそう?」
「寝たら、少し楽になった。ありがとう、食べたい。―あと、あの、福井くん。運んでくれたんだよね、それもありがとう」

他の三人と同じようにベッドの傍にかがみこんだ彼に、申しわけなさと感謝の混じった目を向けると、福井くんはどことなく困った顔をした。

「どういたしまして。でも、俺、先輩が具合が悪いってすぐ気付けなかったから」

一つも非がないのにしょんぼりしている福井くんにそんなことは気にする必要のないことだと分かってほしくて、ベッドの上にそっと置かれた彼の手を握る。そういえば、眠りに落ちる前に手を握ってもらったのも福井くんだ。

「それは、俺自身が分かってなかったから。福井くんは気付いてくれたし、いろいろしてくれたし、ありがとうなことばっかりだ。福井くんは、なんにも悪くない」

福井くんは手を握り返して、俺の言葉を飲み込むように一度頷いた。そうしてベッドの上で上体を起こしている俺を見上げたときには、その顔から憂いが消えていたから、俺はほっとして笑いかけた。

「うちは心配性ばかりだね」
と、福井くんと俺の様子を微笑まし気に見守っていた副会長が言う。

「仲良しだからですよぉ、ね、京ちゃん」
頷いて同意したところで、会長が場を取り仕切るようにぱんっと一つ手を叩いた。

「よし。じゃあ、京は伸びる前にうどんを食え。薬も飲まなきゃなんねえしな。俺らも、買ってきたもん食おう」
「そうだね」
「俺、よそってきますね。京先輩、少し待ってて」
「てか、電気つけよー! なんでみんなしてずっと暗がりでいるの俺ら。ウケるー。あ、かいちょー、お湯沸かして〜!」
「ああ? 自分でやれ、そのくらい」

会長が立ち上がったら、住田も福井くんもさっと動き出した。副会長は、俺がたまに使っている折り畳み式のテーブルを部屋の隅から持ってきてベッドの傍に設置している。

「どうしたの、京。じっと見て」
「―みんな、ここでご飯食べてくれるんですか」
「ん? そうだけど、あ、迷惑かな?」

首を思い切り横に振ると脳が揺れてくらくらした。「ああ、なにしてるの」と優しい声で笑われる。
だって、いつも食堂でご飯を食べる皆が、俺のためにここで食べてくれるのだ。迷惑なわけがない。

いつも、彼らはいとも簡単に俺を輪の中に引きこんでくれる。自分が上手く出来ないせいで人といると生じてしまう疎外感が苦しくて、たくさんの人がそばに居る時ほど独りぼっちみたいな気分になることだってあるけれど、皆は俺がそんなものを感じる暇もないほど手を引いて肩を抱いて笑いかけて、隣にいてくれる。それはとても嬉しくて幸せで、だから俺も、彼らが少しでも寂しいときに寄り添っていられるようになりたいのだ。頼りないだけの人間ではいたくない。

「白峰先輩、俺がんばります」
「うん? 何を? まあ、頑張るのはいいことだけど、風邪が治ってからゆっくり頑張るといいよ」

副会長は眼鏡の奥の目を細めて、俺の肩をぽんぽんと叩いた。賑やかに会話をしながらベッドの周りに戻ってきた他の三人が俺たちを見て何の話かと問うてくる。秘密、と答えながら、俺は意味もなくふにゃふにゃと顔が笑ってしまうのを止められなかった。