「……玲央」
「……」
静かな仁さんの声が来客の正体を知らせる。
耳を疑いそうにもなるが、間違うはずもないその名前に体が凍る。
「これはてめぇの差し金か?」
「知らねぇな。俺は引き取りにきただけだ」
「この馬鹿どもをか? はっ、んじゃてめぇは分かってんのか、こいつらがここになにしに来たのかをよ」
「知ってる、けど指図はしてねぇ」
ガンッ!
視界の中で仁さんの足元に乱暴な動きで金属バットが床に投げ捨てられる。
多分、仁さんがそうしたのだろう。
ロングノーズを履いた兄の足元が、ゆっくりとそちらへ近づいていった。
次の瞬間、男の低い呻き声が聞こえたかと思えば、床には白目を向いて倒れる不良の姿があった。
「で? 次はどいつだ?」
「……っ」
不良はブラックマリアだと自分で言っていた、兄も引き取りにきたと言っていた。
つまり、兄は自分のチームである不良を、なんの躊躇もなく伸したのである。
そのあと放たれた静かな声に、店内が今まで以上に冷え切ったことを肌で感じ取った。
「おら黙ってんじゃねぇよ。口ついてんだろ? それとも声も出ねぇのか? おい、どうなんだよ」
「――ぐっ!」
そんな声が聞こえたかと思えば、床にはまた、白目を向いた不良が崩れ落ちる。
ゾッとした。いくどとなく受けてきたあの兄の拳を、俺は知っている。
痛いとかそんなレベルではなくて、たった一瞬のできことが脳細胞すべてを黙らせるほどに泣き出してしまうのだ。
殺される、殺される、と。
「玲央さんっ!」
「あ?」
だけどそんな兄の足元に、震えながら手をつく不良がいた。
そいつは恐怖で震えた体をそのままに、額から落ちる冷や汗すら気にする余裕もなく、また口を開く。
「待って、ください……確かに、俺たちは無断で喧嘩売りに来ました……けど、悪いのは隆二さんだっ!」
「へぇ?」
「だって、そうでしょう!? 俺たちは! ブラックマリアはここに来ねぇって決めたのに、副総長である隆二さんがそれを破ってんだ! 罰を受けるのは俺たちじゃねぇよ!」
混乱しているのか、それとも必死すぎて冷静さも消えたのか、敬語やタメ語が混じったそれを不良が発する。
← →
しおりを挟む /
戻る