それだというのに、俺は兄の拳のほうが痛いだとか、親父の蹴りのほうが辛いとか、そんな場違いなことを思う。
安定しない脳の揺れが酔いに似ていて、痛いけれど慣れたそれに抵抗もできない。
抵抗って、どうすりゃできんだっけ?
「殺すぞてめぇっ!」
もう一度振りかざされた腕が頭上をさしたとき、客を守っていただろう雄樹の声がして不良が消えた。
どさりと体が崩れ落ち、頬や腕、足などの床に面したそこから刺すような痛みが示される。
「内山……てめぇこそ殺すぞ、気持ち悪いんだよ!」
「黙れよクソが。簡単に死ねると思うんじゃねぇぞ」
倒れたせいで良好ではない視界では、不良たちや雄樹、隆二さんの足しか見えなくて。
たまに誰かが倒れてしまえば顔も見えるが、そこに付着した血を見れば、なんだか現実感も遠くに感じる。
なんだ、これ。なんか、テレビみてぇ。
そんなもんだろ。不良同志の、しかもこんな大層な喧嘩、テレビドラマでしか見たことがねぇよ。
なぁ、これ、夢じゃない……んだよな?
「そこまでだ」
そんな中に地を這うような低い声がたった一言、落とされた。
この声は仁さんだ……いつも笑って男らしい、仁さんだ。
あまり動かない目で見渡せば、隆二さんと主犯だろう不良の前に彼は立っていた。
不良の持つ金属バットを、恐ろしいことに片手で押さえつけながら。
「喧嘩することに愚痴愚痴言うつもりはねぇがな、やんなら外でやれ」
「……ふざ、け……っ」
「ふざけてんのはそっちだろ。あぁ゛? 無関係の人間巻き込んで、あげくの果てに大怪我させて、お前のほうが何様のつもりだよ、あ゛!?」
「――っ」
凄味のある、反論を許さない仁さんの声が不良たちを黙らせる。
あぁ、良かった。これで終わりだ。
どこか安堵しながら仁さんの足を見つめていれば、その先にあるエレベーターが、開いた。
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