「雄樹! 客を避難させろ!」
「分かってる!」
そんな俺とは違って大人である仁さんはすぐ雄樹に指示を出した。
雄樹も雄樹で、乱闘に構うことなく客を奥のほうへと下がらせる。
いや……雄樹のやつ、少し手が震えていた。
「トラ」
硬い声が俺を呼ぶ。ハッとして視線を向ければ、怒りを潜めた仁さんが隆二さんたちのほうから視線を離さず、言った。
「てめぇも避難してろ」
「……」
頷くことも、返事をすることもできないまま、よろける体を動かしてカウンターから出た。
震える客たちをかばうように構えた雄樹のほうへ向かえば、俺の足は止まってしまう。
乱闘の近くで、震えたまま固まった女の子を見つけてしまったのだ。
俺の視線に気づいた雄樹がそちらに向かおうとするよりも早く、俺の体は彼女のほうへ駆けていく。
「トラっ!」
焦った雄樹の声が耳に届いたが、そのときの俺には彼女を守らなければいけない気持ちのほうが強かった。
たくさんの拳が人の頬や腹に当たっている乱闘のうしろを突っ走り、体を丸めて震える彼女を庇うように手を伸ばす。
その、瞬間。
「――っ!」
「きゃああああっ!」
隆二さんに殴り飛ばされただろう不良がこちらへ飛んできて、その手に持つ金属バットのグリップが、俺の頭を直撃した。
一瞬脳が不快な音を立てて飛び散る様が浮かんだが、ちゃんと庇えたであろう彼女の悲痛な顔を見て、守れたことに安堵した。
「あ、ち……行って……」
彼女の前に膝をつき、揺れる視界のままあちらだと雄樹のほうを指さして、言った。
無機質な固い動きで頷いた彼女が雄樹のほうへ走るのを見届けたあと、俺は意識を手放そうかと目を瞑る。が――、
「……っ」
飛んできた不良が起き上がり、痛みに動けない俺の頬を、殴ったのである。
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