とりあえず雄樹に知られてはまずいと察して、俺は「ぶつけた」なんて嘘をついておく。
仁さんも同じ考えだったのだろうか、驚く素振りもなく俺に合わせてくれた。
それから夕方五時まで喫茶店として開放されていたカシストは、一時間の休憩を得たあと一転して、不良どもを受け入れるバーの顔になる。
昼と夜とでこうも客層が違うものなのか、そんなことを思いながら俺は本分であろうお粥を作りはじめた。
「あれ、小虎?」
それからほどなくして、私服姿の隆二さんが現れた。
学ラン姿でも十分色気を放っていたのに、私服になるとその倍以上ある。
黒のテーラードジャケットに中はVネックの白いロゴシャツ、恐らくビンテージものだろうジーンズに黒の革ブーツ。
首から下がるゴールドアクセも一役買って、彼の雰囲気は尋常じゃないほど色気が漂っていた。
「しかも雄樹までいるし。今日休みじゃなかったのか?」
「あ、いやまぁ……体がバイトしてぇと訴えていまして」
「はは、なんだそれ」
笑いながら俺の前へと腰を下ろす隆二さんは、慣れた手つきで煙草を吸いはじめる。俺はカウンター内に山積みされた灰皿の一つを彼の前に置いた。
律儀なことに礼を言ってくれた彼に微笑み、タイマーの鳴った鍋をコンロから退かす。
「また新メニュー?」
「え?」
「それ」
そんな俺を見ていた隆二さんが突然言うものだから、一瞬分からず困惑してしまった。が、それ、と言って彼の筋張った指がさしたまな板の上を見て、頷く。
「隆二もなんかいい案ねぇのかよ。たまにはここに貢献しろ」
「貢献って……それを俺に言いますか」
ははは、笑いながら仁さんから出されたアレキサンダーを受け取り、彼が困ったように目尻を下げた。
「はぁ? てめぇはもう十分うちの客だろうが」
「……そ、ですかね」
「そうだろ」
「あははっ、はい」
あ、まただ。
また俺の知らないなにかがある。
嫌でも感じてしまう疎外感に目を伏せて、俺は芋粥に使うさつまいもに包丁をいれた。
そのとき、だった。
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