「変わんねぇな、あいつ」
「え?」
「玲央だよ、噛み癖あるんだよなぁ、あいつ」
「噛み、癖……」
面倒くさそうにため息を吐く仁さんの言葉をオウム返しする。
なんだよ噛み癖って、まんま肉食獣じゃねぇか。
あれか? 噛んで味見してんのか? わ、それってマジで食い殺す勢いじゃねーか。
「……ま、とにかく治療してやる、来い」
「あ、はい」
仁さんの好意に甘えつつ立ち上がり、ふと雄樹のほうを見てみれば、やつは人もまばらな店内で接客をしていた。
カウンターの奥にあるスタッフルームにて仁さんの豪快な治療を受け、俺の首筋にはガーゼがあてがわれる。
「てか、慣れてますね」
「あ? あぁ、まぁ。昔はよく治療してやってたからな」
「? ……誰、を?」
パタン。救急箱を閉じた仁さんが、少し寂しそうな顔をして言った。
「ブラックマリアの連中」
そのあと、俺は雄樹と一緒になっていつものようにバイトに勤しんでいた。
昼間は喫茶店として開放しているらしいカシストは、夜とはまた違った客層が点々と席につく。
コーヒーを飲みながら本を読んでいたり、煙草をずっと吸いつづけていたり、各自それぞれのことをしながらシックな音楽に包まれていた。
「なんか、夜とは違いますよね、雰囲気」
「そりゃ、な。夜と一緒だったらまずいだろ」
「はは、ですね」
さすがに昼間からお粥の注文が入るわけもなく、仁さんのサポートをしながらまた新メニューを考えていた。
メニューの種類が多ければ多いほど女性客には受けがいいらしい。仁さんがそう言っていたので、商売についての知識が皆無な俺は従った。
少しして、エレベーターから現れた紳士っぽい男がカウンターのほうへと近寄ってくる。
「仁、またDexter Gordon?」
「あぁ、どうも。や、サックスのほうがしっくり来るんですよ」
「分からない気もしないけどね、私はBud Powellも好きだよ」
「王道ですね、でもCleopatra's Dreamとかは好きです」
で、デクスターゴードン? ば、バドパウエル?
理解しがたい単語が紳士っぽい客と仁さんの会話で飛び交うが、俺の頭にはクエスチョンマークしかなかった。
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