そのままどれくらい呆然と突っ立っていたのだろう。帰ってきた雄樹が現れるまで、俺はそうしていたらしい。
様子のおかしい俺を心配していた雄樹と別れ、俺は自宅でずっと悩んでいた。
『悔しいとか思わねぇの?』
そんなの、悔しいに決まってる。けどそれより、悲しかったんだ。
『イラつくんだよ、てめぇのそういうとこ』
それは俺のセリフだろ? お前みたいな暴力人間、イラついてどうしようもないのは俺のほうだ。
言ってやりたい言葉すら言えず、独り言としても消化できない俺はつけたままのテレビを呆然と見つめている。
憎い、できるものなら殴ってやりたい。でも、できない。だからって媚を売りたいわけでも、ましてや従順な弟を演じるつもりもない。
けど、それよりも確かなものがいつも俺の邪魔をする。
――弟として、愛されたい。
そう、どこにでもいそうな普通の兄弟として。
テストの点が良かったら褒めてくれるような、ダメだったら勉強を教えてくれるような、土日はキャッチボールでもしてくれるような、頭を撫でてくれるような、一緒に買い物をするような……笑い合っているような、そんな兄弟になりたい。
人生を左右するだろう思春期の記憶の大半が親父の暴力だった俺にとって、楽しい家族像というのは皆無に等しかった。
離れて暮らすお袋や兄との三人で楽しく過ごす日常を夢見たりもしていたが、現実はそうじゃないと知ったときからそんな夢も見なくなった。
親父が死んで、知らないところでお袋も死んでいて、俺を引き取ってくれた兄との生活だって親父の比ではないにしろ、暴力しかなかった。
けど、だから……俺は兄貴と笑って過ごせることを諦めずにいる。
いつかそうなれると、そうなりたいと願い続ける俺が本音の奥底で強く強く根付いている。
『不味くねぇ、けど美味くもねぇ』
なぁ、じゃあそれって普通ってことかよ。俺がお前に望んでいるような"普通"ってことかよ。
そんなのって、ねぇよ。
ねぇだろ、クソ兄貴が。
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