寝起きだから? 学校だから? 調理室だから? それとも、夕暮れ時だから?
いや待て、最後はおかしいだろ俺。
「……別に出てぇなら出りゃいい」
「あ……はい……」
そんなことを考えていた俺に返ってきた返事は意外にも是認だった。
驚いて見つめてしまえば、兄もじっと無表情なそれで見つめてくる。
なんだろう、この状態。
「……あの」
「あ?」
本当はこの状況が不思議なくせに、俺の口は動いてしまう。
これがチャンスだと思うから、多分、今なら殴られない。そう思っているのだろう。
「飯、嫌なものとかあったら、言ってください。あと、味付け……とか、も」
「……」
「でも、その……食べてくれて、嬉しいってか……だから、つまり……ありがとうござい、……ます」
一言一言、いつもならすんなり出てきそうなものが兄の前では上手く出ない。
染みついた恐怖心が原因なんだとしたら、笑える話でしかない。
でも今は怖くないのに。なんか、情けねぇの……。
「……てめぇの好きにしろ」
なのに、兄は平然と、抑揚のない声でそう言った。
目を見開きながら驚くよりも早く、俺の口は勝手に言葉を発する。
「え、でも」
「不味くねぇ」
出かけた言葉が、たった一言で霧散した。
嬉しいとびっくりが混ざって、口の中が妙に乾いていく。
今、なんて言った?
「けど美味くもねぇ」
「……は、い」
急上昇した気持ちが急降下……いや、失速した。そんな気持ちを気づかれたくなくて、思わず俯く。
「……すみません」
「……」
なぜか謝ってしまえば頭上からは舌打ちが聞こえる始末。
途端に空気の質が変わって、肌をピリピリと刺す嫌な雰囲気が兄のほうから伝わった。
あぁ、殴られんのかな、俺。
「お前さぁ、努力しようとか思わねぇの? 俺に不味いって言われて悔しくねぇの?」
「え?」
なのに、それなのに。兄の口から出た言葉は、意外なものでしかなかった。
すぐさま顔を上げれば不機嫌そうに眉間にしわを寄せた、いつもの顔。
「イラつくんだよ、てめぇのそういうとこ」
「……」
なにも言えず見つめていれば兄はまた舌打ちを零して背を向ける。そして近くにあった椅子を蹴り飛ばして、俺の元を去って行った。
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