次、俺が目を覚ましたときはもう夕暮れで、窓の外はオレンジ色の空が広がっていた。
いつのまにか消えてしまった雄樹の姿を探したが、どうせトイレにでも行ってるのだろうと、調理室にある水道水で顔を洗う。
すっきりした感覚の中、ふいに扉の開く音がした。雄樹が帰ってきたのだろう。
「お−、どこ行ってたんだ……」
よ。そう言うはずの言葉が喉の奥まで引っ込んでいく。なぜって、だってそこにいたのはあの日以来見ることのなかった兄――玲央だったからである。
「……」
若干不機嫌そうな兄の姿を見て思ったことは、仁さんが言っていた「止めに来る」という言葉。
やばい、もしかして、本当に?
困惑しながら固まる俺をよそに、兄はずかずかとこちらに近寄ってくる。
夕暮れのせいか、金の髪がいつも以上に輝いていた。
「……」
「……」
俺の前までやって来た兄はなぜか無言で、俺も言うことがあるわけでもないので無言。ひどい沈黙が調理室に流れていた。
「……」
「……」
とりあえず殴ってきそうな雰囲気ではないので、意を決して口を開く。
「あの……なん、でしょう……?」
「……」
やばい。怖い。殴られるより、ずっと睨み続けられて、しまいに無言とか。
いつも感じる恐怖とはまた別の変なものが俺を襲う。なんか嫌がらせみたいな、そんな感じ。
「……あのー……」
「出るのか?」
「は?」
「……隆二から聞いた」
あぁ、体育祭の話、ね。うん、そうですよね、はい。
「出ます、けど」
「……チッ」
舌打ちをされた。
「……止めに、来たんですか?」
「……」
恐る恐る尋ねてみれば、兄はまた口を閉ざし、俺を睨みつける。
一体どうしろと言うのだろう。
それよりも、俺は兄を前にして冷静でいられる自分のほうに驚きだ。
どうしてか不思議と兄が怖いとは思えない。それは多分、きっと今だけなんだろうけど。
じゃあ、なんで今は怖くない?
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